2022 Fiscal Year Annual Research Report
アイロニーの成立に対し共同体の慣習はどう関わるのか?
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21J22225
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
木下 蒼一朗 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | フィクション / コミュニケーション / 推意 / 共通基盤 / ロシア語 / 否定生格 / ふり / 視点 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度の成果の延長線上にある2022年度にあって、本研究は大きく分けて2つの方向にその枝葉を伸ばした。第一に、小説や戯曲といったフィクショナルな談話をコミュニケーションの一種として捉えた上で、フィクションにおける言外の意味がどのような過程で伝達されるのかを明らかにした。ケンダル・ウォルトンによれば、フィクション作品を鑑賞する鑑賞者は、作者が配置した手がかりに従って一揃いの「舞台設定」を受け入れることで、作者が開催した「ごっこ遊び」に参加する。これにより鑑賞者は、ちょうどままごとにおいて砂をパンとして受け入れるのと同じように、フィクション内部における出来事を真なるものとして受け入れうる心の状態を得ることになる。この心の状態により、「ロミオはモンタギュー家の嫡男である」といったフィクショナルな命題に真偽があるように感じられるようになる。本研究はこの分析に着想を得、「ごっこ遊び」を私たちのコミュニケーション行為に伴われる共同的コミットメントの一種として位置付ける立場をとった。これはフィクションにおける「共通基盤」を共同的コミットメントとみなすGeurtsの説と軌道を同じくするが、言語的フィクションにはコミットメント基盤の伝達だけでなく、作者や登場人物の意図を読むことで初めて理解されるタイプの内容も含まれているため、広く「共通基盤」と呼び習わされているものは、コミットメントの集合としての側面と、Lewisの言う「資料(corpus)」としての側面があると考えるべきであるという新たな立場を提示した。そして第二に、これまで主として形態統語論的説明を受けてきた現代ロシア語の否定生格(Genitive of Negation)の使用が、世界をより反省的に(reflectively; cf. Recanati 2000)に捉えるという話し手の認知様式と不可分であるということを示唆した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は元来、アイロニーにおける言外の意味の伝達メカニズムを明らかにし、その伝達過程において共同体の慣習がどのように関わるのかを説明する目的で構想されたものである。しかしそのために整備された理論の一般性・説明力の高さにより、2021年度までに「確定記述句を用いることによる存在前提の伝達」「約束」といったアイロニー以外の伝達様式をも同一の枠組みで適切に分析することに成功している。2021年度の段階ですでに応用的地平にあった本研究は、2022年度においてはさらなる領域に枝葉を伸ばすこととなった。前項「研究実績の概要」に示す通り、本研究はこれまで「不真面目なコミュニケーション」としてコミュニケーションに関する議論の外に追いやられていたフィクショナルな談話を、本研究の理論とウォルトンによるフィクション論とを接続することで、同じ説明の射程に含めることに成功した。これと並行して報告者は、現代ロシア語における「否定生格」の認可条件をめぐる議論に本研究の枠組みを応用する研究にも着手した。ロシア語では原則として、自動詞の主語は主格に置かれ、他動詞の直接目的語は対格に置かれる。しかし否定文においては「自動詞文の主語」「他動詞文の直接目的語」が生格に置かれる場合がある。この現象は「否定生格」の名で知られ、否定辞が導入する発音のない量化詞によって生格が付与されるという説明が主流である。しかしこの説明が真価を発揮するためには、主語を外項として導入する非能格自動詞が、場所句が倒置された特定の構文に限っては主語を内項として導入する非対格自動詞として振る舞うという現象がどういったメカニズムによるものなのかが説明されていなければならない。この部分の説明が欠けていることに着目した報告者は、世界を捉える「反省的な」態度が避け難く影響しているという主張を行うことで、この欠落を補う議論を提出するという方針をとった。
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Strategy for Future Research Activity |
前項までに述べた2つの路線を統合することで新たな言語観を提出することが今後の研究の推進方策となる。具体的には、私たちの言語が有するポリフォニー性 (cf. Ducrot 2009) に立ち返り、素朴に「話し手」と言われている主体は ①発話形式の産出者 ②言語行為の主体 ③視点の提供者という少なくとも三層に分けられる複合体であるという理解を徹底した形で理論に組み込む。これにより、現代ロシア語における否定生格をはじめとするいくつかの文法現象の根幹には「③視点の提供者」としての話し手に関する理解があるという形での立論を行う足がかりが得られることになる。そして、言語がポリフォニックな性質を本来的に有するということを保証する(すなわち、矛盾なく理論に組み込む)ための基礎論として、「社会構築的意図主義」と報告者が呼ぶ新たな意図観を導入する。社会構築的意図主義においては、私たちが素朴に用いている「意図」という概念は、実は私秘的な心の状態を意味するのではなく、社会的に構築されたのちに個人に帰属させられる公共物としての心理概念を意味するのでなければならない。この立場からの帰結として、私たちの伝達において重要な位置を占めるとされてきた「話し手の意図」もまた、個々のコミュニケーションの現場で共同的に(合意のもとで)作成され、話し手に帰属されたものでなければならないということになる。このように公共物として話し手の意図を理解することによってようやく、H.P.グライスの言う「ある言語表現の規約的意味pは、その言語表現がpを意味するための「手続きのレパートリー」として共同体で共有されることで生ずる」という言語観が復権されることになる。というのも、このグライス的意味論が可能であるためには「意図」は初めから共同体内で共有可能なものでなければならないからだ。本研究はこの方針で新たな言語観を構築する予定である。
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Research Products
(4 results)