2022 Fiscal Year Annual Research Report
脱ロシア化と再ウクライナ化:現代ウクライナに於ける言語イデオロギーの二面性
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22J12435
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
池澤 匠 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2024-03-31
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Keywords | ウクライナ / ウクライナ語 / ロシア語 / スルジク / 言語イデオロギー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では現代ウクライナにおける言語イデオロギーに関して、同国にて唯一の国家語であるウクライナ語、歴史的背景から広く用いられるロシア語、ならびに両語の混合語であるスルジクが如何なる社会的評価を被るか、インターネットの新聞記事を基に分析を行っている。令和4年度は2月24日にロシア連邦がウクライナに対する全面的侵攻を開始したことにより、研究計画の大幅な見直しが必要となった。侵攻以後、同国ではウクライナ語を使用ないし習得し、ロシア語を敬遠する動きが見られる。こうした事態を受け、本年度は現今までの研究成果との比較を見据え、侵攻以後に公開されたインターネット上の新聞記事の収集・分析に注力している。 研究成果は口頭で国内報告会ならびに国際学会で1件ずつ発表しており、また論文は1報が掲載済み、もう1報が掲載決定の状態にある。このうち8月に北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターで「ロシア連邦の軍事侵攻を受けたウクライナのメディアにおける言語イメージの変化」の題で行った報告については、新たな資料を含めた改訂の上『東京大学大学院人文社会系研究科スラヴ語スラヴ文学研究室年報』第37号に論文が公表される予定である。また同センターで9月に開催されたSlavic Linguistics Society 第17回大会ではウクライナ語にまつわる「国家語」「公用語」「俗語」などといった言語学的用語について、学術とメディアの言説の両面から、厳密でアカデミックな定義と広範でイデオロギーが含蓄される実際的用法が存在する点を報告の中で議論している。発表内容は令和5年度に投稿論文として公表する予定である。 またロシアによるウクライナ侵攻で東スラヴ地域の言語状況に我が国でも関心が高まる中、アウトリーチ活動の一環として12月7日に「ウクライナ・ベラルーシにおける多言語文化」の題で公開シンポジウムをオンライン形式で開催した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の予定では令和4年度に分析に用いる資料の収集ならびに分類を行い、令和5年度以降に本格的なデータの分析と解釈を行う予定であった。しかしながらロシア連邦がウクライナに対して全面的侵攻を開始したことにより、本研究テーマの今日性が高まったのみならず、ウクライナの言語状況が大きく変化する事態が予想された。またロシアによる侵攻の背景には言語のみならず、ウクライナ・ロシア両国の歴史・経済・政治・外交などといった要素が複雑に絡み合っており、現在の事態を幅広い分野の研究成果から改めて把握することが本研究を進める上で求められた。更には侵攻前後を軸としたウクライナにおける言語状況の通時的な変化に着目する余地が出来ており、共時的な同国の言語イデオロギーに関する研究に限定する本来の計画にも変更が迫られた。 以上のような経緯から、ウクライナの言語状況をリアルタイムで記述することが望ましい状況となり、研究計画の大幅な見直しが必要となった。具体的には資料の収集と分析の段階を同時並行で進めており、また現在の軍事侵攻に関連する幅広い分野の最新の文献を参照している。幸い現時点でウクライナのネットメディアは侵攻にも関わらず活発な情報発信を続けており、インターネット通信に障害が起こりつつも資料としての新聞記事の収集に大きな問題は生じておらず、研究の続行は可能は状態にある。しかしながら、研究の中で新たな課題が生じていることも事実である。例を挙げれば、現在の軍事侵攻の中で言語に関する議論はソーシャル・メディアでも活発に行われているため、これらも研究資料に含める余地があるか、検討する必要がある。 かくして計画時点で予期していなかった事態が多々生じたものの、これに対しては研究計画の変更によって臨機応変に対応し、本年度は研究成果の公表も達成できたことから、概して望ましい進捗状況にあると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
令和5年度は主に3つの研究推進方策を採り、急速に変化しつつあるウクライナの言語状況の記述に努めることとする。 ①継続的な言語イデオロギーに関する資料の収集と分析:現在のロシア連邦によるウクライナ侵攻の先行きが不透明な中、これがウクライナの言語状況に及ぼす影響を記述するのには、同じ資料形態と方法論を用いた定点観測が必要である。故に令和4年度に実施したものと同様の調査を続けることで、侵攻前後のみならず、侵攻の最中でウクライナ語・ロシア語・スルジクに対する社会的評価に如何なる変化が見られるか、分析を続けていく。 ②研究資料の拡大に関する検討:現在のウクライナでは言語問題に関する大衆的議論が新聞・テレビ・ウェブニュースなどといったメディアのみならず、ソーシャルメディアで活発に行われており、数多くのネットミームが誕生している。これらは現時点で主な研究対象としている新聞記事とは資料の性格が大きく異なるが、現在のウクライナにおける言語イデオロギーを包括的に記述するのに有用な側面もある。研究計画の実行可能性に鑑みつつ、現時点で収集している新聞記事に関するSNS上の議論に限定するなどして、新たな資料収集の可能性を検討していく。 ③軍事侵攻の最中に起きている言語環境の変化に関する調査:ロシアによる軍事侵攻はウクライナにおけるウクライナ語の使用拡大とロシア語の使用縮小を引き起こしており、この傾向は各種世論調査でも明確に表れている。更には一部地域の学校におけるロシア語の使用・教育が禁止されたことや、教育・研究の分野でロシア国内ないしロシア語で出版された著作物の引用を禁ずる法案が提出されたことなども報じられており、言語政策の面でも急速な「脱ロシア化」の動きが見られる。既記の要点と並び、こうした官民による言語選択の変化を観察することで、現在のウクライナにおける言語状況の包括的な記述を目指すこととする。
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Remarks |
公開シンポジウム「ウクライナ・ベラルーシにおける多言語文化」2022 年 12 月 7 日(オンライン開催)【企画立案・運営・司会】
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