2022 Fiscal Year Annual Research Report
カロリング期フランク王国の理想的君主像ー説教と聖書注釈書の分析を通してー
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22J23221
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
長澤 咲耶 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2025-03-31
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Keywords | カロリング期フランク王国 / 説教 / 聖書注釈 |
Outline of Annual Research Achievements |
カロリング期の理想的君主像をラバヌス・マウルスの著作の分析を通して考察するにあたり、彼自身の著作執筆の意図および背景を探る必要があった。彼が執筆した史料を現代の研究者は特定の史料ジャンルを想定した上で見ているが、そうした特定の史料ジャンル理解にこだわり、視野を狭めることで、ラバヌス自身の著作執筆の意図や著作同士の連関、さらには著作を依頼する側の連続した要望を見逃してしまいかねないと判断した。そのため彼がロタール1世から依頼されて執筆したCommentaria in JeremiamとHomiliae in Evangelia et Epistolas, ad Lotharorum Augustumに着目し、従来「説教」「聖書注釈」とそれぞれ異なる史料ジャンルに振り分けられて分析されていた両テクストの関係性を、依頼時・献呈時の書簡と史料本文を用いて分析した。結論は以下の通りである。 まず、ロタール1世からの依頼書簡やラバヌスの献呈時の書簡を見る限りでは、現代の研究者の間でしばしば区別されてきたexpositio、sermones、homiliaの3語を当事者たちは相互に置き換え可能なものとして使用しているように思われる。加えて「聖書注釈」であってもテクストを黙読するのではなく、朗読することもある(=説教的行為)。ただし、両テクストは該当章句を一節一節解釈して説明していくというスタイルには違いがないものの、解説の分量で違いが生じ、且つ引用資料にも相違が見られる。執筆者の意図によって異なったテクストが引用され、こうした著作の相違が生まれるのである。しかし説教テクストと聖書注釈を指し示す同時代の用語法の曖昧さや内容のオーバーラップ、使用方法・場面の近似性を踏まえるならば、今後両史料類型を隔てることなく、双方に目を向けながらテクストの内容の検討に取り組んでいくのがよいだろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2022年度においては、ラバヌスの著作を中心として「説教」「聖書注釈」両テクストの関係性の分析、及び理想的君主像が見いだされる箇所の分析を行う予定であった。 まず、前者の計画に関しては概ね成果を得ることができた。ラバヌスが執筆した献呈著作をめぐる、彼自身やロタール1世の書簡および献呈著作の本文を分析することで、従来我々が「説教」「聖書注釈」といったように個別に捉えていた各史料を、包括した視野で分析・考察可能であることを示唆できた。同時代人、とりわけ執筆者が考える理想的君主像が反映されている史料は主に「君主鑑」とよばれるジャンルのものであったが、本年度に分析したような君主に献呈された史料もジャンルの別なく包括的に研究対象とすることで、君主が触れたであろう理想的君主像および統治理念をみることと、そして同時代の著作家たちが執筆した著作の内容を連続してみることが可能である。このように本年度の研究実績は課題にアプローチするための視野を拡大することに寄与した。 他方、理想的君主像が見いだされる箇所の分析に関してはHomiliae in Evangelia et Epistolas, ad Lotharorum Augustumの本文の一部のみに留まった。しかし、テクスト分析・解釈の妥当性を明らかにするにはラバヌス以外の同時代人の著作や、ラバヌスが引用している資料自体など広い範囲のテクストを比較し、かつ引用の意図も明らかにしなければならない。そうでなければ彼が「模範的羊飼い」のイメージに込めた意味を正確に捉えることはできないだろう。 つまり、当該年度の研究成果によって研究対象史料を拡大する必要性が出てきたのである。このような背景から、ラバヌスの史料分析を当該年度に終わらせることができなかったため、この点は次年度の課題とする。
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Strategy for Future Research Activity |
2023年度以降はこれまでの研究で得た成果を踏まえ、特定の史料ジャンルに縛られることなく広い範囲のテクストを分析対象とする。 とりわけ次年度はラバヌス以外の人物が執筆した著作にも視野を拡大するため、理想的君主像や統治理念を研究する上でしばしば登場する著作に関する先行研究の整理を行う。更に、理想的君主像や統治理念を研究する上でしばしば登場する著作そのものの分析も開始し、当時用いられていた思想やレトリックなどを抽出する。というのも、当時の政治状況は極めて錯綜していたため、ラバヌスを中心に同時代の理想的君主像と統治理念を考察するにしても、他の立場をとっていた同時代の著作家たちの著作にも目を向けねばラバヌスの著作の持つ意義や特徴などを評価することはできないからである。主に内戦の只中で活動していたオルレアンのヨナス、そして内戦の前後に「君主鑑」的著作を執筆したスマラグドゥスとヒンクマールに着目し、ラバヌスの著作と比較する。 ラバヌスの著作文背kに関しては、主にHomiliae in Evangelia et Epistolas, ad Lotharorum Augustumを中心に分析する。その際、前年度の成果を踏まえCommentaria in Jeremiamなどラバヌスが君主に献呈した他の著作とも比較し、ラバヌスの考える理想的君主像と統治理念を抽出する。
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