2022 Fiscal Year Annual Research Report
18~20世紀における身振りの思想史の解明――ドイツとフランスを結ぶ新たな身体論
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22J01222
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Kanazawa University |
Principal Investigator |
高屋敷 直広 金沢大学, 学校教育系, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2025-03-31
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Keywords | ハイデガー / 身体 / 身振り / カント / バタイユ / 肉体 |
Outline of Annual Research Achievements |
報告者の研究課題「18~20世紀における身振りの思想史の解明――ドイツとフランスを結ぶ新たな身体論」の目的は、現代ドイツの思想家M・ハイデガーにおける「身振り(Gebaerde)」という身体的な概念を手掛かりに、18~20世紀の隠された「身振りの思想史」を解明し、近現代のドイツとフランスにまたがる新たな身体論を提示することである。本研究が扱う身振りとは、たんなる「肉体(Koerper)」の運動や日常的な「身振り手振り」とは異なり、自己と他者が「身体(Leib)」を通じて生き生きと関わり、互いの固有さと異質さをあらわにする根源的なあり方を意味する。 令和4年度の主要な研究計画では、ハイデガーが主張した身振りの源流が近代のI・カントの身体論にあると見定め、F・ニーチェら現代の身体論へ向かう射程を見据えつつ身振りの萌芽の解明が目指された。報告者は、「空間における方位の区別の第一根拠について」など身体に関わるカント関連の文献の精査を通じて、カントが「肉体」のうちにたんなる「物体」と根源的な「身体感覚」の二つの意味を見ている点を確認し、後者の身体感覚により理性の根底で実存論的な世界の方位が開かれると解釈可能だという点まで解明した。これにより、身振りへ繋がりえる先行形態を見出すことができた。 同時に報告者は、カントでの肉体の二重性から着想をえて、フランス現代思想での肉体概念の重視に立ち戻り、特に肉体を重視したG・バタイユの『太陽肛門』や『わが母』等を手掛かりに肉体の検討にも立ち入った。そこからハイデガーの身体論を再検討した結果、ただ物質的で意味のない物体という肉体観に身振りを対置させるだけでは不十分であり、肉体が身振りによる開示機能からはみ出る多義的なものとしても解釈可能だという点まで解明した。これにより、身振りの思想史を解明する上で、肉体と身振りを重層的に捉える重要な視点がえられた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の主要な研究計画にしたがい、M・ハイデガーの「身振りの哲学」を手引きにI・カントの身体論へ遡って研究を進めていった結果、次の二点のような進捗状況と成果がえられたことから、本研究はおおむね順調に進展していると言える。 第一に、当初想定していたような「身振り」の萌芽が、カントの「肉体」という概念において「身体感覚」として確認でき、かつ、それがたんに物理的な空間の位置の構成だけでなく、世界の実存論的な構成に関わりうる根源的なものだと明らかにすることができたからである。身振りの萌芽とも言えるこうした先行形態が特にF・ニーチェの身体論と具体的にどのように接続可能かという点は、今後の研究で引き続き検討されていくこととなる。 第二に、カントを検討する過程で当初想定していなかった新たな発見ないし課題もまた生じたが、そこから一定以上の成果がえられたからである。それは、身振りの対極に置かれてきた肉体には、ただの物質的な物体という一般的な性格以上の意味があるのではないかという課題である。この課題に対して報告者は、肉体概念を重視するG・バタイユの身体論を新たな手掛かりとしてハイデガーの身体論を再検討したことにより、肉体そのものがさまざまな欲求や関心を呼び起こす多義的な意味をもちえることを明らかにすることができた。 以上の二点に関わる論文として、「「身振り」から漏れえる「肉体」――ハイデガー身体論の先へ」(『Zuspiel』vol. 6)を公表できたことも大きな成果であったと言ってよい。
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Strategy for Future Research Activity |
令和4年度の研究実績と進捗状況を踏まえ、報告者は今後の研究に対して次の三つの主要な推進方策を採る。 第一に、令和5年度の主要な研究計画にしたがい、ニーチェの一次・二次文献の精査を通じて、身振りをめぐりI・カントからF・ニーチェへ通じる接点をより厳密に検討していきながら、意志と行為の統一体とされるニーチェ独自の身体の根幹において身振りのさらなる先行的な含意を解明していく。ここまでの成果は、令和6年度の日本哲学会への論文投稿(ないし令和5年度の日本現象学会への論文投稿)を通じて公表していく予定である。 第二に、上記と同様の研究計画にしたがい、ニーチェと現代思想の接点を視野に収めながら、ハイデガーと同時代の思想家E・フッサールの身体論(主に生活世界での身体のキネステーゼ)における身振りの含意を一次・二次文献の精査によって解明していく。 第三に、令和4年度の研究過程で生じた、「肉体の多義性」とも言える新たな課題に対して、身振りと肉体の重層的な連関の解明を目指しつつ、バタイユとハイデガーの比較研究をより詳細にまとめる。これは、令和4年度に公表できた成果をさらに推し進めるものであり、バタイユ関連の『論集』(近刊)に掲載する予定である。 以上の三つの主要な方策により、報告者は18~20世紀において隠されてきた「身振りの思想史」、および近現代のドイツとフランスにまたがる新たな身体論を明らかにすべく、今後の研究を進めていく。
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Research Products
(2 results)