2021 Fiscal Year Annual Research Report
ローマ帝国下のギリシア文化 -『ギリシア案内記』と都市のアイデンティティ-
Project/Area Number |
21J20455
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
大野 普希 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | ギリシア / ローマ帝国 / 歴史認識・歴史叙述 / 記憶 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、従来、支配者であるローマ人と被支配者であるギリシア人との二項対立的図式で捉えられがちであったローマ帝政期のギリシアを、広狭様々なアイデンティティが対立しつつ共存する場として捉えることを目指し、そのためのケーススタディとして、後2世紀のギリシア人パウサニアスが著した旅行案内書『ギリシア案内記』に注目している。 修士課程までの研究において報告者は、パウサニアスの著作が従来想定されきたほどギリシアとローマの二項対立を強調しておらず、むしろギリシア内部の都市や地域間の文化や歴史認識の差異を重視するものであること、さらにはパウサニアス自身の立場にも特定の都市や地域に対する肩入れや反感が見て取れることを明らかにした。 令和3年度は、修士論文で明らかにしたパウサニアスの反スパルタ的歴史観について、その同時代的な位置づけ及び先行する歴史史料 (リヴィウス、プルタルコス) との影響関係についてさらなる検討を行い、その概要を京都大学西洋史読書会第89回大会において報告した。報告の際の質疑応答を通して明らかになった課題(考古学的な観点からの補足の必要など)を踏まえつつ、令和4度中の論文投稿に向けて準備を進めている。 また、同時並行で、ローマ帝国によるギリシア支配の歴史をパウサニアスがどのように叙述したか、またそれは都市間の対立を重視する彼の立場とどのように併存していたのかという点についても検討を行い、その成果の一端を古代史研究会特別研究集会において報告した。これをもとに、「ローマ帝政前期のギリシア語圏における歴史叙述とローマ帝国観」と題する論文を執筆する予定であり、関連文献を収集するなどして調査を進めている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究全体の枠組みを見直す必要が出てきたため、進捗が遅れている。当初は修士論文で扱った、『ギリシア案内記』第8巻のテゲアという都市についての記述におけるパウサニアスの反スパルタ的な傾向に注目して、その同時代的な背景及び歴史叙述の伝統における反スパルタ主義の位置づけを明らかにすることを研究計画の中心に据えていた。しかしながら、『ギリシア案内記』はギリシア本土の数多くの都市を取り上げた著作である以上、スパルタのみに注目するだけでは十分でないことが判明した。また、当初、歴史叙述の伝統として想定していたのは、ポリュビオスやリヴィウスといった、著名な歴史家の著作のみであったが、研究を進める中で、都市や地域ごとの歴史を扱ったローカルな歴史書からの影響も無視できないことが明らかになってきた。また、考古学的な成果の検討に関しても、春に予定していたテゲアでの遺跡の調査を、コロナウイルスの影響で断念せざるを得なくなった。
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Strategy for Future Research Activity |
当面の目標は、西洋史読書会大会で報告した、パウサニアスの反スパルタ的歴史観についての研究を論文化して『史林』に投稿することである。その後は、パウサニアスの反スパルタ的傾向のみに注目するのではなく、『ギリシア案内記』全体における個々の都市や地域に関する記述を幅広く検討していく。それによって、ギリシア内部の個々の都市・地域間の関係についてパウサニアスがどのような見解を持っていたのかを明らかにする。近年は、ギリシア全体の歴史や帝国全体の歴史を扱った歴史書だけでなく、ポリス (都市) 史叙述の伝統にも注目が集まり、国内外で研究が盛んになっているので、そうした成果も参照することで、パウサニアスの都市叙述の背景を探りたい。また同時に、個々の都市間の関係についてのパウサニアスの見方が、彼のローマ帝国観とどのように連関しているのかについても検討する。この問いに取り組むうえで特に注目したいのは、ローマのギリシア支配の成立過程を、ギリシア内部の都市間の対立の歴史とあわせて論じた『ギリシア案内記』第7巻の前半部分である。これらの問題を検討することで、従来、支配者であるローマ人と被支配者であるギリシア人との二項対立的図式で捉えられがちであったローマ帝政期のギリシアを、広狭様々なアイデンティティが対立しつつ共存する場として捉えることが、本研究の最終的な目標である。 尚、研究の枠組みの変更に伴い、留学の計画についても練り直す必要が出てきたため、令和4年度中の開始を予定していた留学は、令和5年度開始に延期する予定である。
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Research Products
(3 results)