2021 Fiscal Year Annual Research Report
レ枢機卿による「マザリナード」研究-テクストの社会性を対象とする学域横断研究-
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21J21298
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
涌井 萌子 大阪大学, 大学院人文学研究科(人文学専攻、芸術学専攻、日本学専攻), 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | 17世紀フランス文学 / マザリナード / レ枢機卿 / レトリック / パンフレ |
Outline of Annual Research Achievements |
7編のマザリナード(1651-1653)について、これまで、もっぱら知的な公衆を説得する「論争文書」と見なされてきたが、レによる『メモワール』の関連記述は、本文書が学識を持たない民衆の説得も同時に試みていたことを示している。実際、レ自身が執筆したとされる文書7篇には、感嘆文や疑問文の羅列など、「論争文書」の特徴と矛盾する修辞技法が認められる。17世紀半ばにおいて、テクストを複数人で領有する集団読書行為によって生じる「『公共空間』でのテクスト受容」が読書の文化史の文脈で論じられてきたことを念頭に、まずテクストの共有が行われる「公共空間」の特徴を『メモワール』におけるマザリナード運用に関する記述を頼りに考察した。その上で、それらの受容の特徴が、「論争文書」と矛盾するテクストの修辞技法・論理技法とどのように関連するのかを明らかにした。これらの結果を仏語論文として大阪大学フランス語フランス文学会『Gallia』、邦語論文として大阪大学文学会『待兼山論叢』にてまとめた。 説得対象と修辞技法について整理した上で、マザリナードにおいてレ枢機卿が公衆説得を念頭にどのような自己表象を行なっているかについて研究した。先行研究で指摘された「英雄主義」について、具体的にどのような言動を行う人物として自分自身を提示しているのかについて検証し、これまで先行研究で示された英雄的行為を重視するレ枢機卿という見方に対し、レ枢機卿が作品内で提示する自己像に対して、「節度」に重点を置いた新たな観点を提示した。この問題について、12月に日本フランス語フランス文学会関西支部大会において研究発表を行い、論文掲載を認められた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
概ね順調に研究は進んでいる。8月に1週間弱の日程で東京大学総合図書館において資料調査を行い、マザリナード文献研究に必要な原典を調査することが出来た。 9月に行われた「フランス近世の〈知脈〉」第8回研究会で、レ枢機卿のマザリナードにおける「もっともらしさ」について発表を行った。その際に、会場から提起されたアリストテレスを中心としたレトリックの伝統との類似性について調査・研究を深め、12月に行われた日本フランス語フランス文学会関西支部大会において、その自己表象における英雄としての「もっともらしさ」について発表した。令和3年度に提出した修士論文においては、レ枢機卿のレトリックについてその技法に終始していた点について、論理や人物表象やその動機について、17世紀当時の文学潮流やレ枢機卿の受けた教育との関連などを考慮しつつ、十分に論証を深めることが出来た。 また、レ枢機卿のマザリナードについては、全集や作品集ごとに著者推定の状況が異なることから、より客観的な指標をもってコーパスの選定を行うことができるよう、新たに進められていることから、大阪大学大学院言語文化研究科の言語文化共同研究プロジェクト「テクストマイニングとデジタルヒューマニティーズ」に参加した。その中で、統計的文体分析の観点からレ枢機卿のマザリナードについて著者推定研究を進めるにあたり、普通名詞および形容詞における高頻度語を文体指標とすることで、レ枢機卿のマザリナードの特徴を明らかにできることを指摘した。この点について、2021年5月に行われた「テクストマイニングとデジタルヒューマニティーズ2021」において発表した。 新型コロナウイルスの影響で、一次資料を現地調査は叶わなかったものの、日本にある貴重なマザリナード文献の調査を行うことができ、三本の論文を執筆することが出来たため、研究は予定通りに進行していると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
レ枢機卿作品の中に見られるイエズス会教育、特に哲学講座で扱われていたアリストテレスの徳論やレトリック講座で扱われていたアリストテレス『弁論術』からの影響について研究する。 『フィエスク伯』や『メモワール』を対象としたレ枢機卿のレトリックについては、先行研究においてマキャヴェリズムやキケロとの関連が指摘されているものの、それらとの接点とされるイエズス会コレージュでの他の教育内容との影響についてはこれまであまり指摘されてこなかった。1630年代頃のイエズス会コレージュでの教育内容や、17世紀半ばのイエズス会倫理、バロック主義および古典主義の「英雄」を含めた称賛される人物像と、フランス国立図書館およびマザリーヌ図書館に原典が所蔵されているレ枢機卿の作品とを比較検討することで、レ枢機卿のレトリックについて、イエズス会倫理との関連やイエズス会教育におけるアリストテレスとの関連、バロック主義から古典主義への変換時期との重複との関連について明らかにすることを目指す。 また、レ枢機卿の周辺、特にレ枢機卿が執筆をさせたパトルやデュ・ポルテル、ギー・ジョリといったレの党派に属する友人あるいは雇われ文士たちによるマザリナードにおけるレ枢機卿の人物像と、レ枢機卿自身が執筆を認めているマザリナードにおける自己表象との比較を行う。この比較を行う前準備として、それらの代理執筆のテクストと、レ枢機卿自身によるとされるテクストとの文体的距離、執筆者本人のテクストとの文体的距離について、検討する必要がある。マザリナード原典の調査を行い、コーパスを整理したのち、統計的文体分析によるテクスト間距離の計測手法を用いて、特に機能語を指標とした文体的特徴をもとに明らかにする。
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