2022 Fiscal Year Annual Research Report
レ枢機卿による「マザリナード」研究-テクストの社会性を対象とする学域横断研究-
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21J21298
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
涌井 萌子 大阪大学, 大学院人文学研究科(人文学専攻、芸術学専攻、日本学専攻), 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | 17世紀フランス文学 / マザリナード / レ枢機卿 / デジタルヒューマニティーズ / 英雄 |
Outline of Annual Research Achievements |
17世紀フランス文学・道徳研究としてのレ枢機卿研究として、『フィエスク伯ジャン=ルイの陰謀の歴史』、マザリナード7編について、イエズス会英雄劇との比較およびコルネイユの英雄像との比較から、道徳観の分析を行い、成果を得た。 (1)イエズス会英雄劇との比較:レ枢機卿はイエズス会の教育機関で学んでおり、彼の英雄にはイエズス会教育の影響が認められると先行研究は指摘している。しかし、宗教教育の一端であるイエズス会劇の英雄は神の啓示や神の代理人として設定されるが、『フィエスク伯の陰謀』に見られるレ枢機卿の英雄は神による地上の支配を適切とは考えておらず、マザリナードでも聖職者としての立場を絶対視していないことがわかった。 (2)コルネイユの英雄像との比較:レ枢機卿とコルネイユとは、確かに時期が近く、「栄光」を求める姿勢はコルネイユとレ枢機卿の両者に共通している。コルネイユの演劇では、政治の誤った状態を改善される機会は神によるものであり、神を意識させることで状況を打開する展開が見られる。しかし、レ枢機卿の「フィエスク伯」は神による政治の最適化を待っていては公共の利益が守られないと考え、自力救済の手段としての権力簒奪を正当化していることから、両者に大きな隔たりがあることが明らかになった。 また、デジタルヒューマニティーズ研究としてのレ枢機卿研究として、レ枢機卿への帰属が示唆されているテクスト群について分析を行った。匿名政治文書マザリナードは、虚偽虚飾が多く文体模写や偽称が認められるテキストであることから、帰属の確定には多くの困難がある。そのため、量的な観点から、デジタルヒューマニティーズの分析手法を用いて、帰属を検討する必要があると考えた。レ枢機卿のマザリナードと考えられているテキストについて、複数の分析手法を用いて帰属の再検証が必要なテキストを洗い出し、質的な観点から帰属容認の可否を検証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
マザリナードにおける英雄としての自己表象と『フィエスク伯の陰謀』における英雄賞賛とを比較し、その性質の違いについて分析した。先行研究ではレ枢機卿の作品における英雄像の一貫性が主張されてきたが、英雄に求められる「徳」の細目に注目すると、それぞれの作品の企画意図の影響が見られ、その英雄観に変化があることを発見した。特に『フィエスク伯』では臆病を嫌悪し、多少無謀であっても行動を優先することを賛美し、理性による節度や節制ある行動に批判的であったが、マザリナードでは行動する姿を見せつつも、「私」以上に「公」を優先し、自己の名誉毀損に対する衝動的な報復行動よりも、全体の利益を考慮しての節制的な行動を賛美しているという違いがあった。この相違は『フィエスク伯』が歴史上のフィエスク伯の反権力闘争の枠組みを借りた絶対王政構築期における中央集権への批判の物語という背景事情の影響があるのに対し、マザリナードは公衆説得文書であるので、個人感情よりも公共性を前面に出すレトリック見られると考えられる。この問題を6月の日本フランス語フランス文学会で発表した。 2022年8月よりフランスで調査を行なっており、パリ第七大学・フランス国立図書館を中心に文献調査を行い、調査結果をもとに文献研究に必要なコーパスを構築することができた。このコーパスを用いた計量的文体分析の結果を2023年3月のデジタルヒューマニティーズ研究会で発表した。またこの間、EHESS(Ecole des hautes Etudes en sciences sociales)やGrihl(Groupe de recherches interdisciplinaires sur l’histoire et la litterature)の研究会に参加しており、マザリナード研究者からの助言によって、学際研究の視野を持って研究を前進させることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
先行研究で挙げられたイエズス会・コルネイユとの相違点が指摘できた。その上で、レ枢機卿の英雄の特徴が「聖職からの逸脱」と「世俗への接近」の双方の力学によって作り出されたものであることを示す。「逸脱」と「接近」それぞれについて、これまで先行研究で指摘された動機(レ枢機卿が聖職につくことを拒否していたこと、イエズス会教育やコルネイユ演劇の影響)以外に、17世紀前半に盛んに開催されていたリベルタンの集会「アカデミー」を中心としたNatureを重視する自然主義思想やマキャヴェリズムの影響を受けたものであることを明らかにする。 これらの成果を山上浩嗣教授及びEHESSのダイナ・リバール教授の指導を受け、成果をまとめる。 2023年6月までパリ第七大学に交換留学中であり、この間にフランス国立図書館でレ枢機卿の交友関係に関する調査や当時のアカデミーやリベルタンに関する文献を調べる予定である。
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