2021 Fiscal Year Annual Research Report
20世紀ルーマニア亡命文学におけるモダニズム継承とその越境的波及についての研究
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21J01646
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
阪本 佳郎 立命館大学, 衣笠総合研究機構, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | シュテファン・バチウ / MELE 詩の国際便 / ルーマニア亡命文学 / ハワイ先住民文学 / 戦後ラテンアメリカ文学 / 旅と移動の文学 / 文化的横断性 / 詩、文学、伝記研究 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、ルーマニア亡命文学者たちの文学活動を集合的に捉えると同時に、その動態が、世界の諸文学とどのような接触・折衝・混淆を見せるのか問い明らかにするものである。本年度においては、ラリー・キムラ、ジョン・シャルロ両ハワイ大学教授とのオンライン調査から、ルーマニアの亡命詩人シュテファン・バチウのハワイ時代の文学営為を明らかにした。彼らによるバチウの詩誌MELE International Poetry Letterへの寄稿作品の背景、そのハワイ近代文学上の価値について詳しく知ることもできた。その成果は、『言語が再び芽吹くための種、ラリー・カウアノエ・キムラのハワイ語詩とMELE「詩の国際便」』に結実した。本論稿は、バチウがホノルルにて主宰するMELEが、1960年後半において言語消滅の危機に瀕していたハワイ語の文学営為を支援し、言語復興運動の種となる詩の多くを胚胎していたことを明らかにするものである。ルーマニア亡命文学のエッジがハワイ先住民文学の画期に触れる、相互触発する文化の動態的位相を、亡命ルーマニア文学者たち・ハワイ先住民たち双方の集合的な歴史記憶を踏まえた上で、具体的な個人の文学運動を取り上げ細やかな精神史として描き出した。そこに、内容・方法論からしても独自性がある。ルーマニア亡命文学、ハワイ先住民の反植民地主義文学、いずれにおいても語られざる災厄と再生の歴史を扱っている。世界文学的価値から見ても、知られざる異文学間の横断性を扱っている点で特筆すべきものであると自負する。シンポジウム〈『生まれつき翻訳』のアクチュアリティ〉での報告「生きられた言語を交わす文学」でもこの点について議論した。これら成果は、文学の境界が措定され「越境」される前に、すでに人と人との遭遇から文学が生じる〈前-境界性〉の可能性を提示している点で、既存の国民・地域文学研究に新たな視座を提示する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、ルーマニア亡命文学者たちの国外での文学活動を集合的に捉えると同時に、その動態が、世界の諸文学とどのような接触・折衝・混淆を見せるのか問い明らかにしていくものである。シュテファン・バチウが亡命先のハワイにて1965年から没後の1994年まで発行した詩誌MELE International Poetry Letterに焦点をあて、そこに世界各地から集った作品の織りなす文学的位相を描き出す。方向性・達成点としては大まかに次の項目が挙げられる。①ルーマニア亡命詩人のもつ集合的記憶とそこから生まれる文学の傾向を明らかにする。 ②寄稿した詩人たちを生んだ土地の歴史、各個人の記憶がいかにMELEに証されているか、を明らかにする。 ③詩人たちそれぞれのMELEにおける相互触発から生まれる文学とは何かを明らかにする。最終的にはシュテファン・バチウの生涯と詩作品、そしてMELE International Poetry Letterに現れた世界大の文学ネットワーク「詩の親密圏」を描き出す、単著を出版することを目指している。その準備のための各地における在外調査研究、それに付随しての学術論文投稿・出版、学会報告が予定されている。詩の朗読会、MELEへのオマージュとなる文学誌の出版などアウトリーチ活動も試みられる。 初年度、コロナ禍の影響が大きく、在外研究は断念せざるをえなかったが、次年2022年度にルーマニア、ドイツでの在外調査をすることができた。またハワイとのオンラインを介しての調査により、上記研究実績の概要に述べたようにバチウとMELEのハワイにおける文学的コミットメントを明らかにすることができた。これら調査の成果は、最終的な成果として予定されている単著書籍の基層部分を形成するものであり、今後、単著書籍を執筆していく目標から考えると、研究は初年度時点では順調な推移を見せていると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
(1)目下の目標は、単著書籍の出版である。そのためにこれまでルーマニア、ドイツやスイス、ハワイなどシュテファン・バチウが旅しその詩の営みに大きな影響を受けていた土地の文学を調査してきた。今後は、バチウが文学的にも政治的にも深く関与したラテンアメリカ各国への調査研究を試みる。MELEにおけるラテンアメリカの詩人たちの関与、バチウとの交友・文学的影響関係の詳細が分かれば、書籍において描き出す予定の「詩の親密圏」の全体図が明らかになり、20世紀後半の歴史を背景にした、知られざるある世界文学の動態を打ち出すことができる。(2)書籍の準備段階として各章を、単独の論文として執筆、立命館言語文化研究(京都)、Biography: Interdisciplinary Quarterly(ハワイ)やEchinox Jounral(ルーマニア)などの学術雑誌に寄稿する。(3)ルーマニア共産主義時代を生き抜き、亡命・離散した詩人たちとも共同してルーマニア文学を牽引してきたルクサンドラ・チェセレアヌの著作を翻訳・出版する。(4)戦後キリスト教世界に大きな影響力をもった僧侶詩人トマス・マートンとバチウの交流に関する資料を渉猟するべく、トマス・マートン・センターにおいて調査する。成果を、上記学会誌に問う。 (5)シュテファン・バチウがハワイにて出版した詩を翻訳・出版する。(6)上記単著出版に合わせ、ルーマニア亡命詩人たちの文学精神を、研究において出会う同時代の作家や詩人たちと協働して蘇らせる表現活動に取り組む。研究経費は、印刷費などの製作経費や、在外調査 滞在を目的とする外国旅費が大きく占める。情勢により在外調査が難しい場合、インタビューなどオンラインでの研究も展開していく。以上より、ルーマニア亡命文学を中心とした20世紀文学の知られざる動態が、特筆すべき学術的・社会的インパクトとともに打ち出される。
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