2022 Fiscal Year Annual Research Report
脳の計算論と生物学の統合による感覚減衰の発生機序の解明及び精神疾患理解への展開
Project/Area Number |
22J01708
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | National Center of Neurology and Psychiatry |
Principal Investigator |
出井 勇人 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター, 神経研究所 疾病研究第七部, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2025-03-31
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Keywords | 感覚減衰 / 自他認知 / 統合失調症 / 自閉スペクトラム症 / 再帰型神経回路モデル / 自由エネルギー原理 / 予測可能性 / 計算論的精神医学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、自由エネルギー原理に基づいた再帰型神経回路モデルを用いて、感覚減衰の自己組織化シミュレーションを行い、その変調として統合失調症や自閉スペクトラム症をはじめとする精神疾患の計算メカニズムを理解することを目的としている。本年度は、感覚減衰に関する新しい計算理論を考案し、神経回路モデルを用いたシミュレーション実験を行った。具体的には、感覚減衰は自己の運動予測に対して予測可能性が常に高く変動性が小さい刺激において生じ、逆に予測可能性の変動性が高い刺激においては感覚が増幅されるという新しい理論を提案した。実験では、シミュレーション環境上にアームロボットを構成し、物体を自身で動かす文脈と、物体が外部的に動かされ、その予測可能性が変動する文脈について、それぞれの視覚運動パターンの学習データを用意した。学習データを階層的な再帰型神経回路モデルに学習させた結果、物体を自身で動かす文脈においては、感覚皮質に対応する神経回路モデルの部位の神経ダイナミクスが減弱し、一方で、外部的に物体が動かされる文脈においては、同部位の神経ダイナミクスが増幅されるように自己組織化されることを確認した。また、感覚領域における神経ダイナミクスの減弱と増幅は、前頭葉に対応する高次の実行領域の神経ダイナミクスの変化に応じてスイッチングされることが分かった。さらに、多感覚を統合する連合領域における予測誤差の反応性を実験的に操作し学習への影響を調べた結果、連合領域で予測誤差反応性を小さくすることで感覚領域での感覚減衰が起きにくくなる一方で、逆に大きくした場合には感覚減衰のメカニズムは発達するが、実行領域に基づいた動的な環境への適応能力が低下することが分かった。これらの結果は、統合失調症における感覚減衰や自己感の変調、自閉スペクトラム症における感覚減衰の正常さと認知柔軟性の低下、といった相違性について示唆を与える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究課題では、確率的な予測学習における情報の精度を学習可能な再帰型神経回路モデルを用いて、感覚減衰の発達及びその変調に関するモデルを検討している。数十年来、感覚減衰は自己の運動から生じる感覚フィードバックの予測可能性が高まり、予測誤差が生じないために起きるとされ、現在まで有力な仮説として研究が進められてきた。一方で、今年度の研究成果により、感覚減衰は予測可能性そのものよりも予測可能性の変動性に関する知覚が関係しているという新たな可能性を提示し、それが感覚減衰の自己組織化、自他認知、そして精神疾患に至る様々な現象を説明可能なことを示した。また、この成果は国際ジャーナル誌に採択・掲載されており、想定以上の成果を得ている。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度までの研究により感覚減衰の計算モデルの提案とシミュレーション実験、また感覚減衰の変調を引き起こす要因について調べた。この計算モデルをさらに発展させ、運動意図や自己主体感の説明モデルを構築する。特に感覚減衰と自己主体感は、運動と感覚フィードバックとの間の時間のずれがある場合に減少することが知られており、この実験データに着目する。具体的には以下に取り組む。 (1) 多様な運動パターンに対して、感覚フィードバックの時間的なずれも様々な感覚運動パターンを階層的な再帰型神経回路モデルに学習させる。(2)感覚フィードバックの時間的なずれがない場合に感覚減衰が再現されることを確かめる。(3)運動意図および自己主体感をそれぞれ表現している神経回路のダイナミクスを解析する。(4)既存のヒトのデータと比較解析し、感覚減衰、自己主体感、運動意図に関わる神経機序を調査する。(5) 成果を国内外の学会、学術雑誌にて発表する。
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