2020 Fiscal Year Annual Research Report
徳認識論と認識的パターナリズムーケア倫理的観点からー
Project/Area Number |
20J00293
|
Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
飯塚 理恵 関西大学, 総合情報学部, 特別研究員(PD)
|
Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2023-03-31
|
Keywords | 認識論 / 認識的徳 / 徳 / ナッジ / エンハンスメント |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は以下の課題を通じて、認識的徳と認識的悪徳の本性を明らかにすることを目指す。まず、認識的徳を獲得し悪徳を回避する際に、社会的介入が持つ重要性を考察すること、すなわち、認識的パターナリズム、ナッジ の可能性の検討、次に、陰謀論的思考という特性が認識的悪徳の一種であるという可能性を検討すること、更に、近年欧米の哲学者たちが積極的に重要性を認める認識的謙遜の徳が、日本においても徳か否かを批判的に検討することである。 2020年度の主な成果として認知エンハンスメント研究の進展が挙げられる。報告者は2021年2月に国内外の研究者を招聘してワークショップを開催した。ワークショップはZoom開催された。発表者は北海道大学の宮園健吾、ティルバーグ大学のBart Engelen、グラスゴー大学のEmma GordonとDaniella Meehan、ナザルバエフ大学のShane Ryan(現在は別大学に所属)、そして報告者の合計6名である。3日間に渡って行われたこのワークショップでは、認識的パターナリズムの一形態である、ナッジ(望ましい帰結を得られるよう、人々の選択環境を整えるという考え方)の構築や、エンハンスメントを(薬や外科的手術、道具といった科学技術を用いて、人間の能力を高めること)どれだけ社会が許容・推奨すべきかが問われた。 ワークショップで確認された重要な論点として、「認識的ナッジ」のアイディアが、本質的に不合理であるという批判が挙げられる。ナッジは、選択肢の内容は変えず情報が提示される仕方を変えることで人々の判断を誘導する。こうしたナッジは本人の合理的選択の枠組みに入らないので、ナッジによって促された判断は不合理であると批判される。ナッジやパターナリズムを認識的悪徳の回避の際の重要な助けと位置付ける本研究では、こうした批判に満足の行く回答を与える必要があり、2年目以降の課題となる。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
報告者は、認知エンハンスメントの研究と並行して、美的エンハンスメント研究も行った。私たちの生活に根付いている美的実践(美しくなるために行われる実践)の多くがエンハンスメントの実例であるにも関わらず、哲学においてこの点が長年見落とされてきたことが指摘された。エンハンスメントに通常浴びせられる批判が、美的実践に対してなされることは稀で、批判的検討が十分なされておらず、社会は無反省なエンハンスメント支持者を次々に生み出している。こうした現状から筆者は研究のスコープを認知エンハンスメントから、美的エンハスメントへと広げ、人々がどのような動機から美的エンハンスメントに至るのかを検討している。この点に関して2020年度に、広島大学の小池真由助教と協力し日本での心理調査を二度行なった。 さらに、2021年4月に哲学会(カントアーベント)で「謙遜という認識的徳について」という題で研究発表を行った。認識的謙遜の徳は、例えば、「自分の認識の限界に適切な注意を向け、そうした限界を受け止めること」として定義されるが、社会的抑圧に晒されている個人にとって、例えば日本の女性にとってそうした特性は、知識を獲得する際に役立つ徳ではなく、むしろ個人やコミュニティを知識から遠ざける悪徳として理解されるべきではないかという提案を行った。 また、2021年度6月には関西大学の受け入れ研究者である植原亮教授と東京工業大学の笹原和俊教授と共に科学基礎論学会にて陰謀論・フェイクニュースを巡るワークショップを行った。報告者はそこで陰謀論的思考にはグラデーションがあるが、最も哲学的に問題となる形式の陰謀論は、認識的にも倫理的にも悪徳といえるハイブリッドな悪徳であるという主張を展開した。 以上のように、2020年度と繰越の2021年度で、報告者はそれぞれの課題を進展させた。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の方向性として、以上に述べた2020年度の成果を論文の形式で発表することが目指される。 まず、関西大学の受け入れ研究者である植原亮教授と共に参加した、陰謀論・フェイクニュースを巡るワークショップの発表で申請者は、陰謀論に陥る傾向性を認識的な悪徳として理解することができるかを検討した。そこでは陰謀論的思考にはグラデーションがあり、倫理的に問題含みな形式の陰謀論は悪徳と主張する余地があることを示した。この成果は、現在論文を執筆中である。 また、広島大学の小池真由助教と協力して美的エンハンスメント実践について調査を行ってきた。2020年度は日本で調査を行ったが、海外にもその調査の射程を広げる予定である。そして、それらの成果報告を目指している。 さらに、報告者は認識的謙遜の徳が、日本女性にとって認識的徳と言えないという主張を展開してきた。この考えを元に「Intellectual humility and Japan」という題の論文を執筆し、現在投稿準備中である。また、こうした認識的徳の社会化は、スタンドポイント認識論との融合という形で更に展開予定である。こうした成果を今後論文として出版することを目指す。
|