2012 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
23401041
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Section | 海外学術 |
Research Institution | Tokyo University of Marine Science and Technology |
Principal Investigator |
岩渕 聡文 東京海洋大学, 海洋科学技術研究科, 教授 (80262335)
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Project Period (FY) |
2011-04-01 – 2014-03-31
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Keywords | 文化人類学 / 東南アジア / 漂海民 |
Research Abstract |
平成24年4月1日より平成25年2月10日まで、インドネシア共和国のバンカ島およびその周辺海域において、当該地域に分布する漂海民であるセカ族の海洋人類学調査を行った。本調査は、平成23年11月16日より開始され、平成24年2月6日から約1ヶ月の中断期間を経て、平成24年3月3日より連続して約11ヶ月間継続実施されたものである。この少数民族の本格的な学術調査は、この科学研究費補助金によるものが世界初のものである。人口は約900名で、今日ではその20%程度がセカ語を使用できるにすぎない。セカ文化だけではなく、セカ語自体も絶滅寸前であるといえる。社会人類学調査に主たる力点がおかれ、その分布範囲、人口動態、名称語源、バンドおよび家族構造、縁組関係、関係名称、個人史、儀礼、物質文化についての民族誌資料が収集された。セカ族は大きく5集団から構成されており、儀礼単位ともなっているそれぞれの集団内には複数のバンドが観察できる。集団間には広く縁組関係が見られ、年一回の集団単位の大規模儀礼がその関係を結びつけている。その関係名称体系は、無系型である。セカ族の社会を大きく特徴づけているものは、大規模儀礼の際ばかりではなく、バンド単位での毎週の儀礼の際にも普通に行われている儀礼上の乱婚である。その儀礼は、シャーマンによる憑依、舞踊、乱婚をともなう歌垣という3段階を経て進行していく。歌垣では、既婚あるいは未婚の男女間で詩文のやりとりが行われるが、その結末として既婚者あるいは未婚者間での乱婚が実施される。このような歌垣と乱婚の共存は、日本古代の筑波山の事例などを除くと、きわめて特異な文化徴表である。セカ族の場合、その背景には、3人の海の精霊や世界や世界のあらゆる存在を3つに分割するという世界観が存在しているようである。男と女に加えて間性が重視され、実際の服装倒錯者が儀礼の時にも重要な役割を演じている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本科学研究費補助金によるバンカ島およびその周辺海域における海洋文化調査は、平成23年11月16日より開始された。その後、平成24年2月6日から3月2日までの中断期間を経て、再開後の調査は平成25年2月10日まで実施された。文化人類学の調査は、最大2年間行われるのが通例である。これは、調査者が当該地域の言語に必ずしも十分に精通していない場合が多々あるためであり、その際には最初の1年間を現地語の修得に費やし、次の1年間を実際の人類学調査にあてるというのが一般である。研究代表者は、インドネシア共和国バンカ島ビリトン島諸島州で国語として使用されているインドネシア語については、同語で論文発表や大学における講義を普通に実行しており、現地へ到着して直ちに実際の調査をインドネシア語において開始することができた。また、主として研究の対象とした漂海民のセカ族の人々は、その多くがすでにマレー語の知識を身につけてきており、かなり高齢のインフォーマントとも直接に情報を交換することが可能であった。しかしながら、セカ族の精神世界の探求には、その固有言語であるセカ語を修得しなければならない。平成23年末にセカ族と初めて接触して以降、研究代表者は鋭意その言語の修得に努力し、約半年後にはインドネシア語の力を借りつつもセカ語でインフォーマントとのコミュニケーションができる段階に達することができた。それ以降、部外の調査者に対しても、詳細な儀礼や世界観についての情報が開示されるということになった。セカ語の知識が、調査者とインフォーマントとの間のラポールをさらに強化する益となったことは疑いない。こうして研究代表者により集積された社会人類学資料は、地元のインドネシア共和国地方政府や現地の研究者ばかりではなく、オーストラリアなど諸外国のインドネシア研究者からもすでに照会があるなど、国際的な注目を集め始めているものである。
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Strategy for Future Research Activity |
本科学研究費補助金によるバンカ島およびその周辺海域における海洋文化調査はおおむね順調に進展してはいるが、問題が全くない訳ではない。その主たる部分は、現地における歴史史料の欠如である。社会人類学調査はもちろん歴史調査ではない。しかしながら、文化の全体像を把握するためには、たとえその研究対象が現今の文化像であったとしても、歴史の参照は不可欠である。このため、研究代表者は、バンカ島およびその周辺海域においても、歴史史料の掘り起こしも積極的に実施した。その結果、オランダ植民地時代に出生した漂海民セカ族の混血が書き残したその幼年時代についての個人史記録の歴史文書発見に成功した。混血とはいえセカ族自身が書き残した個人史としては唯一のものであり、広く東南アジア海域に分布する漂海民のもの考えても、おそらくは世界で一つしかない歴史文書であると思われる。本文書については、ごく近い将来に発表予定である。他方、史料の一範疇としての写真資料の収集も実行された。ところが、植民地時代のそれについては現地に残るものはわずか数葉、戦後のそれについても保存状態の悪い数葉が発見されたのみである。しかし、後者の一枚には、伝統舞踏に興じる服装倒錯者が鮮明に記録されている。映像資料も含めた歴史史料の探査分析は、インドネシアの旧宗主国であるオランダの研究所で実施しなければならない。具体的には、ライデンの王立言語・地理・民族学研究所ならびに、アムステルダムの熱帯研究所での文献調査が、本研究課題の最終段階では必須となってくる。インドネシアで調査を終えた文化人類学者が、オランダでの研究を欠いて国際的な業績を出した例などはほぼ皆無である。調査の総収として、バンカ島およびその周辺海域でのまとめの現地調査を実施した後には、最低でも数週間程度オランダの研究所での総合的な調査資料の整理作業を歴史史料の検索と平行して実施する方針である。
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