2011 Fiscal Year Research-status Report
上座仏教徒社会の国家と地域の実践に関する研究―現代ミャンマーを中心に
Project/Area Number |
23510311
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
小島 敬裕 京都大学, 地域研究統合情報センター, 研究員 (10586382)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 上座仏教 / 制度 / 宗教実践 / ミャンマー:中国雲南省 / 地域研究 |
Research Abstract |
本研究の目的のひとつは、2007年の民主化運動および2011年のテインセイン政権成立以降のミャンマーにおける宗教政策に関する諸資料を分析し、上座仏教の管理体制を明らかにすることである。そこで2011年度には、ヤンゴンとネーピードーの宗教省関係施設での聴き取り調査や文献資料の収集を行なった。 新首都ネーピードーでは、政府主導のもと建設されたオウッパータタンディ・パゴダを中心に調査を行い、政権と仏教の関係について関係者への聴き取りを実施した。その結果明らかになったのは、ミャンマーの伝統的な獅子(チンディッ)や鬼(ビルー)の像が仏塔の境内から排除されたことである。この要因について聴き取りを行なったところ、仏教教理と相容れない獅子や鬼などの像は排除すべきとの政府の方針によることが明らかになった。経典に基づく実践を重視する方向性は従来も示されていたが、こうした伝統的な建造物まで排除されたことは、今までに報告されていない事例として重要である。 一方で、国家の管理体制下における地域に根ざした実践を対象としてフィールドワークを行なった。まずシャン州ムセ郡、ナンカン郡において調査を行い、少数民族シャン、パラウンの民族独自の教派による実践や、国境、民族をこえたネットワークを明らかにした。この事実は、近代国家による管理体制が整備された後、地域の教派が消滅に向かったとされる従来の仏教徒社会研究に再考を促すものである。 またヤンゴンでは、パラウン族、カレン族、パオ族を始めとする少数民族寺院で聴き取り調査を実施した。その結果、各民族とも在家の誦経専門家が儀礼において主導的な役割を果たしていることが明らかになった。これは、出家者が不可欠な役割を果たすとされてきた従来の上座仏教徒社会研究とは異なる角度からローカルな仏教実践をとらえ直す際に、重要な意義を持つ発見である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2007年の民主化運動以降の仏教政策については、ネーピードーにおける宗教省関係者への聴き取り調査や文献資料の収集を行ない、その特徴を明らかにすることができた。ただし2011年に誕生したテインセイン政権は、非仏教徒少数民族への配慮から、仏教への関わり方を変化させる可能性もある。新政権の政策は流動的であるため、今後のさらなる資料収集が必要である。 次に、寺院数、出家者数など統計データに関する基礎資料の収集を、シャン州のムセ郡、ナンカン郡で行なった。これは、同一盆地内に位置する中国雲南省徳宏州瑞麗市で実施した調査と比較する上でも貴重なデータである。今後、他地域においても順次、収集していく予定である。 さらに、国家の管理体制下における地域に根ざした実践、中でも国家の築く制度に包摂されない実践の動態について、予定通りシャン州北部で調査を実施することができた。しかし当初予定していたカチン州モーフニンでの調査は、カチン民族軍と政府軍による戦闘が発生したため、実施を見送った。今後さらに、シャン州内の他地域において調査を実施していく予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
以上の進捗状況をふまえ、今後は、現代ミャンマーにおける宗教政策関係の諸資料の収集を継続し、テインセイン新政権と宗教の関わり方の特徴を、前政権と比較しつつ明らかにする。新政権にとって、非仏教徒少数民族を国家体制に取り込むことは、国家統合を実現する際に重要な意味を持っており、そうした観点からも宗教政策関係の資料の収集と分析を進めていく予定である。 その一方で、国家の管理体制下における地域に根ざした実践、中でも国家の築く制度に包摂されない実践に関する調査も、さらに広範な地域で実施する。特に儀礼において在家信徒が重要な役割を果たすケースは、出家者が不可欠な役割を果たすとされてきた上座仏教徒社会研究において注目すべきであり、そうした実践がどの地理的範囲にまで見られるか、具体的に解明する。また地域に根ざすローカルな教派の実態についてもさらに調査を実施し、近代国家による仏教実践の「標準化」の議論を再検討する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
2012年度の調査では、まずヤンゴンの宗教省付属書店、市内書店において、テインセイン新政権の宗教政策に関する文献資料の購入を継続する。また宗教関係の統計資料も可能な限り入手を進める。 その一方で、地域における具体的な実践に関する調査も継続する。具体的には、シャン州ティーボー、タウンジー、チャイントンでシャン族のローカルな仏教実践や地域に根ざした独自の教派に関する調査を行なう。またヤンゴン市内の仏教徒少数民族寺院においても、民族ごとの仏教の独自性に関する調査を実施し、特に儀礼において重要な役割を果たす在家信徒の実践を明らかにする。さらに国家による仏教管理体制のもとで、地域の人々が独自の実践をいかに構築しているのか、両者のせめぎあいの実態を解明する。
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