2012 Fiscal Year Research-status Report
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23520016
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Research Institution | Nagoya Institute of Technology |
Principal Investigator |
藤本 温 名古屋工業大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (80332097)
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Keywords | トマス・アクィナス / アルベルトゥス・マグヌス / 記憶 / 認識論 |
Research Abstract |
本研究「西洋中世十三世紀の認識論研究」は、西洋中世十三世紀の認識論研究の発展に寄与することを目的として、トマス・アクィナスによる『アリストテレス 記憶と想起註解』の翻訳を、詳細な訳注を付して完成させることをめざしている。平成24年度の研究計画は、プラトン、アリストテレス、キケロ、アウグスティヌス、イスラーム哲学、中世スコラ学(特にアルベルトゥス・マグヌス)、そして現代に至るまでの広い範囲で、記憶論ないし認識論に関する調査を行い、上記の翻訳と訳注に反映させる作業を行うことであった。 本年度は、特に西洋中世十三世紀の記憶論へのイスラーム哲学の影響の重要性に気づいたことが収穫であった。具体的には、トマスの記憶論には内部感覚という仕方でアヴィセンナの影響があることは周知のことであるが、トマスの師であるアルベルトゥス・マグヌスについてもアヴィセンナやアヴェロエスの影響があること、そしてその一つの重要な局面が記憶論の文脈でのintentioという概念の使用に見られることを確認できた。また、アウグスティヌスによる知性的なレベルでの記憶が、どのような仕方でトマスの記憶論に取り入れられているのかについても引き続き調査が必要であることを確認した。 以上のような本年度の成果と、前年度の成果(中世の記憶論が倫理学への展望を持っていることの重要性、とりわけ、キケロのprudentia論のトマスとアルベルトゥスへの影響)をあわせて、次年度は研究発表を行う予定である。なお、本研究の第一目的である、『アリストテレス 記憶と想起註解』の翻訳については、訳文の点検と訳注作成の作業を継続して行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究「西洋十三世紀の認識論研究」の中心課題である、トマス・アクィナスによる『アリストテレス 記憶と想起註解』の日本語への訳出作業については、同書の全体を前年度に一度、訳し終えている。今年度は、英語訳(E.M.Macierowski, J.Burchill)やイタリア語訳(A.Caparello)を参考にして、訳文の全体を今一度見直して点検することができたので、その点で当初の予定通りに本研究は順調に進んでいると考えられる。ただし、いくつかの基本用語(たとえば、passio、habitus、memorari、intentioといったラテン語)の訳語の選択に関しては継続的に考察の余地が残されており、さらなる検討が必要である。また、訳注作成の作業については、前年度に読了した、アルベルトゥス・マグヌスによる『記憶と想起パラフレーズ』から得られた知見や、アウスグティススの記憶論との関わり、またキケロのprudentia論や記憶術との関わりなど、トマスの記憶論を理解する上で重要な背景知識を訳注に取り入れる準備もできたのでこの点でも前進があった。 本研究を進める中で、今年度は特にイスラームの哲学者たち(アヴィセンナ、アヴェロエス、アルガザリー)の認識論をより詳しく学ばなければならないことを再認識したので、次年度ではこの方面の研究をいっそう進める必要がある。また「研究実績の概要」において述べた、アウスグティススの記憶論の13世紀への影響という論点も継続的に研究しなければならない。このように、本研究の過程でさらに考察すべき課題が今年度も出てきてはいるが、全体としては順調であると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度である次年度では、既に訳出しているトマス・アクィナスによる『記憶と想起註解』の訳文をより正確で、かつ読みやすいものにしなければならない。そして訳注と補注をつけて、解説文を書く必要がある。まず、訳文の完成のためには基本用語のなかでも、まだ訳語が確定していないものについて慎重に検討を行わなければなければならない。この作業は『記憶と想起註解』以外の著作における、トマスによる言葉の使用法と比較検討することを通してなされるであろう。次に、『記憶と想起註解』の訳注や補注、解説文は、アリストテレスのみならず、プラトン、キケロ、アウグスティヌス、またトマスと同時代の神学者たち、そしてイスラームの哲学者たちの記憶に関する見解に言及しつつ書く予定である。とりわけ、アヴィセンナやアヴェロエスの記憶論の重要性を今回の研究において見いだしたので、その点を強調したい。他にも、記憶術と『記憶と想起註解』との関連性、中世において「記憶術」が修辞学よりも倫理学へ向かう傾向があることなどについても、これまでに研究を行って得られた知見と、これからさらに研究して得られるであろう知見をもとして記載されるであろう。さらに、記憶と想起との関わりについての、トマスによる理解とアルベルトゥスによる理解との異同についてもこれを機会にまとめておきたいと考えている。近現代の記憶論との関わりについては、ベルグソン、マルコム、リクールらによる議論が重要であり、トマスの議論と関係する範囲でそれらにも触れたいと考えている。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度は主に物品(書籍)として、西洋中世の認識論、記憶論、感覚論、知性論、哲学、形而上学に関連する図書を購入する。これら以外にも、本研究「西洋中世十三世紀の認識論研究」を行う際の背景知識として必要となる、西洋古代の認識論、記憶論、感覚論、知性論、存在論、論理学、哲学、形而上学に関する図書、さらには本研究の進展に従ってますます重要性を増してきたイスラーム哲学およびイスラーム形而上学関係の図書が必要になる。より具体的に人名を挙げるなら、古代では主としてプラトン、アリストテレス、キケロ、アウグスティヌス関連の図書を、西洋中世では、トマス・アクィナスはもちろんのこと、ほぼ同時代の、アルベルトゥス・マグヌス、オウベルニュのギョム、ガンのヘンリクス、ペトルス・ヨハネス・オリヴィ関連の図書、さらに14世紀のドゥンス・スコトゥスやウイリアム・オッカム関連の図書、そしてイスラーム哲学ないしイスラーム形而上学については、アヴィセンナ、アヴェロエス、アルガザリー、アルキンディーらの図書を購入する予定である。
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