2011 Fiscal Year Research-status Report
ダーウィン主義時代における現象学的人間学の科学論的意義
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23520042
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Research Institution | Iwate University |
Principal Investigator |
音喜多 信博 岩手大学, 人文社会科学部, 准教授 (60329638)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2015-03-31
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Keywords | 哲学的人間学 / 価値倫理学 / 現象学 / シェーラー |
Research Abstract |
初年度の平成23年度は、4年間の研究の基礎として、現象学的人間学を代表する哲学者たちが、進化論に対してどのような態度をとっていたのかということについて、概括的に整理する作業に従事した。その結果、以下のようなことが明らかになった。 M・シェーラーは『倫理学における形式主義と実質的価値倫理学』(1913-1916年)などにおいて進化論的自然主義に対して批判をおこなっているし、『宇宙における人間の地位』(1928年)においては、進化生物学の年代記述に対して、あえてアリストテレス的な「生命の階層」の本質記述を対置させている。シェーラーは、J・von・ユクスキュルの「環境世界論」に影響を受けて、生物体が一方的に物理的環境に適応させられるという進化論の機械論的な考え方を批判し、行動主体としての生物体と環境世界の一体性を強調している。さらには、他の生物が種に固有の「環境世界」に拘束されているのに対して、人間はこのような環境世界をもたず「世界」に開かれているとの主張をおこなっている。このような、進化論の「適応万能主義」に対する批判と、他の動物と比較した場合の人間の特殊性の強調というライトモチーフは、程度の違いはあれ、M・メルロ=ポンティやA・ゲーレンといった現象学的人間学者たちにも継承されているのである。 この研究成果の一部を公表したものとしては、雑誌論文「マックス・シェーラーの価値倫理学の現代的意義─価値の『主観性』と『相対性』をめぐって─」がある。そこでは、進化論をふくむ価値の「自然主義」に対する批判という観点から、シェーラーの価値倫理学の現代的意義を検討した。具体的には、進化論から帰結するとされる価値の「主観主義」や「相対主義」を、『倫理学における形式主義と実質的価値倫理学』の時期におけるシェーラーがいかに批判しているか、ということに焦点を当てて考察をおこなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成23年度の研究目的は、今後の研究の基礎となるような概括的な整理をおこなうというところにあったために、研究成果を直接雑誌論文等で公表するにはなじまないものとなった。そこで、公表の対象をまずはシェーラーの価値倫理学に限定して、価値倫理学を手がかりとして、他の諸領域(認識論や存在論)へと考察を拡大していけるような形での公表をおこなった。 ところで、現象学的倫理学と進化倫理学との関連についての研究は、当初の研究実施計画では平成26年度の研究計画に含まれるものであった。したがって、平成23年度においては、平成26年度分の研究テーマの一部を先取りするかたちになった。しかしながら、これは研究計画の大幅な変更を意味することではない。シェーラーの『倫理学における形式主義と実質的価値倫理学』は、単に狭い意味での倫理学書であるわけではなく、彼の認識論や存在論と密接な関連をもっている。当該著作は、価値倫理学という形式をとりながらも、シェーラーの認識論や存在論の最初の立場表明の著であったと言うことができる。その意味で、平成23年度に公表した雑誌論文の執筆は、今後の研究の全体像を描く上で有益な作業であり、ここまでの研究はおおむね順調に進展していると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究方向としては、さしあたり認識論的問題にテーマを絞り、現象学的人間学の認識論と進化論的認識論との対比をおこなっていきたい。とくに、シェーラーからゲーレンへといたる現象学的認識論が、進化生物学の成果をどのように摂取し、それに対してどのような認識論的批判を加えているかということについて、焦点を絞って研究してみたい。 平成24年度においては、K・ポパーやF・M・ヴケティツらの「進化論的認識論」と、シェーラーの「認識と労働」(1926年)やゲーレンの『人間─その本性および世界における位置』(1940年)における行為的認識論(「衝動的-運動型の知覚論」)との比較をおこないたい。ポパーやヴケティツによれば、生物体の行動は、外的な刺激に対する固定的で機械的な反応なのではなく、生命的課題に対するトライアル・アンド・エラーの過程を経て進化的に形成されてきた情報処理過程である。ポパーは、「適応」を生物体が受動的に既定の環境に適応させられるだけの過程と見る考え方に異を唱え、生物体が所与の環境に対して柔軟に(創造的に)対応していくこと(たとえば食物の好みが変わること等)が、自然選択においてどのような個体が選択されるかということに大きな影響をあたえると主張する。私は、シェーラーやゲーレンの行為的認識論が、このような考え方を先取りするものであったということを示したい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成23年度は、研究費の未使用分の次年度への繰り越しをおこなうこととしたが、これは、研究機関の変更に伴って、新たな所属研究機関(岩手大学)での研究環境を把握し、それに合わせて柔軟に研究を遂行していくために必要な措置であった。具体的に言えば、コンピュータ等の研究に必要な機器の購入は進んだものの、新しい所属研究機関に所蔵されている文献資料の把握に予想以上の労力を費やすこととなり、本研究費で補充すべき文献資料を決定するという作業に遅れが生じた。(ただし、このことは、平成23年度の研究計画の遂行に重大な支障を生じさせるほどのものではなかった。) 平成24年度においては、所属機関に所蔵されている文献資料の把握が進むことに伴い、どのような文献資料を新たに購入する必要があるのかより明確になるので、とくに私の専門である哲学的人間学に関連する文献のみならず、進化生物学に関連する文献の補充が大量に必要となることが予想されている。繰り越された研究費の多くは、この部門(物品費)に充てる予定である。 また、平成23年度の研究成果の発表においては、所属機関で開催された学会での報告をおこなったために、当初計上していた旅費を必要としなかったことも、次年度への研究費の繰り越しをおこなった理由のひとつである。平成24年度は、他大学での文献収集および学会・研究会発表が増えることが予想されているので、繰り越し分をここに充当したい。
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Research Products
(2 results)