2012 Fiscal Year Research-status Report
無定形なセルフポートレート:クロード・カーンを中心に
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23520122
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
長野 順子 神戸大学, 人文学研究科, 教授 (20172546)
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Keywords | セルフポートレート / ジェンダー / シュルレアリスム / フォトモンタージュ / 鏡 / 人形 |
Research Abstract |
(1)クロード・カーンClaude Cahnが晩年に移住したイギリス領ジャージー島のJersey Heritage Trust (JHT)においてCahn and Moore Collectionに関する資料調査を行った。同島St. Brelaide 海岸沿いのカーンの住居La Rocquaiseと隣接した教会墓地のユダヤ人区域にあるカーン(本名Lucy Schwob)の墓を確認した。生地フランス・ナント市を訪れ、中心街に位置した父親Maurice Schwob経営の《ロワールの灯台》新聞社建物跡等を確認した。 (2)ナント時代におけるカーンの両親や祖母との関係、及び叔父である作家Marcel Schwobを中心とした象徴主義文学や世紀末芸術からの影響関係について調べた。シュオッブによる「自己の複数性」を文学的語りの中に生かす仕方や、ジッドらの「ナルシシスム」についての思想との親近性が見られること、またアポリネールの詩や戯曲とともに「カリグラム」という文字で絵を描く手法からも影響を受けていること等が明らかになった。 (3)16~18世紀の画家の自画像に始まり20世紀以降の絵画や写真でのセルフポートレートに至る自画像の系譜を跡づけ、その分類(列席型・変装型・研究型・独立型)、及び近代から現代にかけての画家としての自負や自己確認から自意識の高まりや精神分析以降の自己探究の場への変遷を考察した。また、男性の自画像と女性の自画像におけるジェンダー的差異について分析した。 (4)昨年12月に神戸大学文学部において開催したジェンダー研究会で、「クロード・カーンのセルフポートレート」というテーマで研究発表を行い、幼少期からの自己写真の変化とそれらを断片的に用いたフォトモンタージュについて分析し、さらにシュルレアリスムの中でのフォトコラージュやモンタージュとの比較検討も行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
(1)JHTに保存されている資料の中でカーンの反ドイツ活動のビラやゲシュタポ拘留中の書類(死刑宣告書及び知人による助命嘆願書等)や友人達との往復書簡を具体的に見ることができ、英国領として唯一ドイツに占領されたジャージー島全体の抵抗運動の中でのカーンの位置を確認できた。また同島St. Helierのミュージアム内のカーン関連の常設展示等からこのフランス人移住者〔英語ではカフーンと発音〕が同島内でも注目され始めていることが分かった。 (2)カーンのユダヤ系フランス人という出自と強い父親、精神を病んだ母親、養育者の祖母とのアンビヴァレントな関係からだけでなく、早くから象徴主義文学に親しく触れていたことからも、自己の主観性や内面への探究と同時にその不可能性の予感、主体の同一性や自律的自我への疑問視が生まれ、それが彼女の仕事の通奏低音となっていたことが確認できた。 (3)伝統的な自画像においては男性画家と女性画家の間に身体的構え、表情、まなざし等の点で特徴的な差異が見られること、20世紀以降に急増した女性アーティストのセルフポートレートへのこだわりは古来の女性の身体表象に対する何らかの意識化や抵抗感にもとづく自己表象の試みとして解釈できること等が分かった。それとともに現代アートにおけるセルフポートレートの独自性及びその逸脱の様相がより明確になってきた。 (4)カーンの仕事の全体像が徐々に明らかになってきた。さらにそれを時代的・社会的なコンテクストの中で見直すこと、またシュルレアリスム(文学、演劇、写真の諸ジャンル)の他のアーティストとの個別的な関係を調査することを通して彼女の領域横断的な仕事の独自性と先駆性とを再確認する作業が必要となることがわかった。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続きクロード・カーンの領域横断的な活動を多角的に捉える作業と、カーンと他の作家たちとの影響関係の検証を軸に研究を進め、総括する。 パリ時代のカーンの活動とシュルレアリスムとの影響関係について現地調査を続けるとともに、フランスのカーン研究者と研究交流を行う。とくにセルフポートレート写真での異性装やパフォーマンス性に加えて、鏡や二重露光等による自己像の「多重化」や「歪曲化」、仮面や人形を用いた身体感覚の「異化」という問題を浮き彫りにしていく。またフォトモンタージュにおける身体の「断片化」と結合の手法、それらに見られる自我の「同一性」や作品の「唯一性」という観念への挑戦について、彼女の手稿や諸作品と連関させながら考察する。 カーンの初期の交友関係(書店主Sylvia Beach, 詩人Henri Michaux)、政治活動から接近したシュルレアリスト達(A. Breton, G. Bataille)との関わり、また「人形」というテーマに関する(Hans Bellmerとの)呼応関係等についても詳しく調査・研究する。 さらに、先駆者としてのカーンの仕事を引き継ぐ女性アーティストたちの活動を①1930年代~40年代(G. Arndt, W. Wulz etc.)、②60年代~70年代(L. Bourgeois, M. Abramovic, B. Jürgenssen, F. Woodman)、③90年代~21世紀(R. Rist, T. Emin, M. Hatoum, Sh. Neshat, Lee Bul, 澤田知子etc.)と大きく三つの時期に分けて、ステレオタイプ的な女性像や芸術家像から逸脱した「自我」像、「多重」的・「分裂」的な身体イメージを追究する20世紀以降のセルフポートレートについて検討する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
象徴主義、シュルレアリスム、現代アート関連のカタログ及び文献、ジェンダー論関連の研究書を購入する。 昨年度に引き続き英国領ジャージー島で整理途上の諸資料(Jersey Heritage Trust: Cahun and Moore collection)を調査し、またフランス国内でのカーンの活動の軌跡をより明確化するとともに、カーン研究者との研究交流を行う。 そのために最新式のタブレット型PCを購入する。 フランス語の原資料の整理および翻訳のために人件費・謝金が必要となる。
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