2011 Fiscal Year Research-status Report
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23520320
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
中野 春夫 学習院大学, 文学部, 教授 (30198163)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | エリザベス朝演劇 / 浮浪者表象 / 貧困問題 / シェイクスピア |
Research Abstract |
本研究の課題はエリザベス朝イングランド社会の社会的弱者が、同時代の演劇においてどのように表象されたのか、その表象の社会的背景を分析することである。初年度は研究計画通り一連の浮浪取締法と救貧法に関し調査と分析をおこない、エリザベス朝演劇、とりわけシェイクスピア劇における貧困者と浮浪者の表象と現実世界との接点の解明を目指した。 初年度において得られたとりわけ大きな成果は、エリザベス朝イングランド社会における浮浪者のステレオタイプ的なイメージが浮浪者関連の諸パンフレットにあることが判明したことである。シェイクスピアなど同時代の劇作家たちが作りあげた登場人物としての貧困者や浮浪者は現実世界や法律に由来するのではなく、読者の興味を引くように描かれたパンフレットのコミカルな「浮浪者」である。エリザベス朝に登場する貧困者たちはフィクションのステレオタイプ的イメージをさらに誇張してフィクション化したものである。 さらに面白いのはこの一連のフィクション化された貧困者たちがあたかも実在するかのように、救貧法や浮浪取締法がパンフレットや演劇作品におけるイメージをなぞるばかりでなく、rogueなどパンフレットが作り出した造語をそのまま法律文で採用していくことである。現実世界と法律とフィクション世界の間では、貧困問題に関して興味深い影響関係が存在している。この現象の指摘は社会史でも、文学・演劇研究でもなされておらず、今後の貧困表象史の基礎となりうる。 初年度に得られた成果は本年度において論文として発表する予定である。『ハムレット』の劇世界における分析は「不思議の国のハムレット」として現在日本シェイクスピア協会の50周年記念論文集に投稿中である。また浮浪者に認定されていた職業人についての論文も現在執筆中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
初年度に得られた最大の成果は「研究実績の概要」で記したとおり、エリザベス朝イングランド社会における浮浪者のステレオタイプ的なイメージが浮浪者関連の諸パンフレットにあることが判明したことである。シェイクスピアなど同時代の劇作家たちが作りあげた登場人物としての貧困者や浮浪者は現実世界や法律に由来するのではなく、読者の興味を引くように描かれたパンフレットのコミカルな「浮浪者」である。エリザベス朝に登場する貧困者たちはフィクションのステレオタイプ的イメージをさらに誇張してフィクション化したものである。 初年度の後半から2本の論文に取り組み、『ハムレット』の作品分析と絡めたエリザベス朝の社会制度論「不思議の国のハムレット」はすでに完成して、現在投稿の結果待ちである。もう一方の仮題「エリザベス朝の浮浪者たち」は8割程度完成し、フィクション化された貧困者たちがあたかも実在するかのように、救貧法や浮浪取締法がパンフレットや演劇作品におけるイメージをなぞるばかりでなく、rogueなどパンフレットが作り出した造語をそのまま法律文で採用している現象を指摘する。後者の論文は完成次第、審査付きの学術論文集に投稿する予定である。 初年度で得られた成果は予想以上であり、現実世界と法律とフィクション世界の間では貧困問題に関して興味深い影響関係が存在していることは大きな発見であった。この現象をきちんと証拠付けて説明できればこの成果は社会史でも、文学・演劇研究でも今後後の貧困表象史の基礎となるはずである。
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Strategy for Future Research Activity |
基本的に2年目の本年度も申請書の「研究計画」どおりに課題を遂行する。本研究は一連の社会史研究の成果を精査し、社会階層の区分に起因する社会問題を分析した上で、同時代のイングランド人がどのような社会不満あるいは不安、恐怖を抱いていたかを確認する。その上で貧困者の社会的イメージをエリザベス朝演劇がどのように投影したかを分析する。 本年度は社会的弱者の対象を高齢者と障害者に特化して、調査・分析を行う予定である。本年度においてはまずティモシー・ブライトの『メランコリー論』(1586年)やフィリップ・スタッブズの『悪弊の解剖』(1583年)など同時代に良く知られていた医学書や社会風刺パンフレットを対象として、高齢者と障害者にたいする極端な記述・描写を調査する。その上で演劇に登場する高齢者と障害者の表象を、医学書や社会風刺パンフレットの原型的なイメージと推定されるものとを比較対照する。また現実世界での実態と法的位置づけ、さらには演劇世界での表象との間で、高齢者、障害者の社会的イメージがどのような影響関係を持っているかを調査する。 初年度の末に当該年度に得られた成果の確認のため、本課題をタイトルとする研究会を開催し、招待講演者の千葉大学教授篠崎氏、および参加したメンバーからたいへん有益な情報と助言が得られた。本年度においても同様の研究会を4回開催する予定である。 初年度と同様、成果が確認され次第論文を執筆し、その成果を審査付きの学術誌、論文集に投稿する予定である。今年度においては高齢者と障害者を別々に論じ、前者はライフサイクルという観点から万人に該当する恐怖に注目し、後者は同時代の医学理論という観点から異常な「怪物」化現象を指摘していく。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
基本的に申請書の「研究計画・研究経費」に記載した内訳に沿った使用を予定している。設備備品費はおもに16世紀の貴重なパンフレット、医学書、社会風刺論等の購入・入手にあてられる。消耗費はコンピューター関連の消耗品およびペイパーバックの比較的安価な資料購入である。また本年度は前年度に引き続きイギリスの大英図書館等での図像資料調査と国内に所蔵されている貴重な資料の調査・分析を行い、これが旅費の内訳である。上記に記述した研究会を本年度は3ヶ月に一度定期的に開催し、講演による情報提供に謝金を支払う。
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