2012 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
23520320
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
中野 春夫 学習院大学, 文学部, 教授 (30198163)
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Keywords | エリザベス朝演劇 / 浮浪者表象 / 貧困問題 / シェイクスピア / 鋳掛屋・行商人 |
Research Abstract |
本研究の課題はエリザベス朝イングランド社会の社会的弱者が、同時代の演劇においてどのように表象されたのか、その表象の社会的背景を分析することにある。初年度は一連の浮浪取締法にかんし調査と分析をおこない、エリザベス朝演劇における貧困者と浮浪者の表象と現実世界との接点の解明を目指したが、二年度は研究計画通りエリザベス朝演劇における貧困者たちの表象がどのような点で現実世界とは異なり、どのようなフィクション化がおこなわれていたかを検討、分析した。 二年度において得られたとりわけ大きな成果は、エリザベス朝イングランド社会における浮浪者のステレオタイプ的イメージが何を起源とし、どのように発展してきたものであるのか、その表象が生成する歴史的過程を解明したことにある。16世紀イングランド社会の貧困者差別は職業差別と不可分であり、その起源は行商人と鋳掛屋などある特殊な職業を浮浪者と認定した1551年の議会制定法にある。コニーキャッチング・パンフレットなど一連の浮浪者パンフレットが出現するのもこの年以降であり、演劇等に登場するアウトサイダータイの設定がなぜ行商人や鋳掛屋など一部の職業に集中する現象もこのことから説明できる。この成果は「行商人の裏稼業―16世紀イングランド社会における浮浪者の表象」と題して学習院大学文学部の紀要に発表した。 また二年度は『ハムレット』の劇世界を対象とした初年度の成果を日本シェイクスピア協会の50周年記念論文集に投稿し、その成果はぶじ採用され「『不思議の国』のハムレット」として同論文集に収録された。また口頭の研究発表として第166回九州シェイクスピア研究会において「シェイクピア劇における社会的弱者たち」と題した発表をおこなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
二年度において得られたとりわけ大きな成果は、エリザベス朝イングランド社会における浮浪者のステレオタイプ的イメージが何を起源とし、どのように発展してきたものであるのか、その表象が生成する歴史的過程を解明したことにある。16世紀イングランド社会の貧困者差別は職業差別と不可分であり、その起源は行商人と鋳掛屋などある特殊な職業を浮浪者と認定した1551年の議会制定法にある。コニーキャッチング・パンフレットなど一連の浮浪者パンフレットが出現するのもこの年以降であり、演劇等に登場するアウトサイダーたちの設定がなぜ行商人や鋳掛屋など一部の職業に集中する現象もこのことから説明できる。 また二年度においてはエリザベス朝の浮浪者のイメージに関する原型と思しきものが発見できたことも大きな成果である。イングランドにおいて浮浪者が文学作品に登場するのは、1508年のアレクサンダー・バークレー訳のゼバスティアン・ブラント作『愚者の船』であるが、その直後にその翻案版ともいえる作者未詳の『コック・ローレルの船』(1510年ごろ)が出版されている。この翻案版は今日前半が散逸してはいるが、後半部が現存しており、浮浪者王コック・ローレルと彼が支配する裏社会をコミカルに描いている。のちの浮浪者パンフレットが裏社会とその支配者を描写するときのモデルになるのがこのパンフレットのコック・ローレルとその手下たちであり、なかにはコック・ローレルの名前を実在人物として持ち出したものもある。 以上2点の成果は社会史においても文学史においても指摘されたことのない事実である。その点、本研究課題の成果は今後の貧困者表象史研究において基礎的なものになると予想される。
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Strategy for Future Research Activity |
二年度においてはエリザベス朝の浮浪者のイメージに関する原型と思しきものが発見できたことが大きな成果であり、最終の三年度では初年度の成果と合わせて浮浪者表象の歴史的過程を明確に示したい。イングランドにおいて浮浪者が文学作品に登場するのは、1508年のアレクサンダー・バークレー訳のゼバスティアン・ブラント作『愚者の船』であるが、その直後にその翻案版ともいえる作者未詳の『コック・ローレルの船』(1510年ごろ)が出版されている。この翻案版は今日前半が散逸してはいるが、後半部が現存しており、浮浪者王コック・ローレルと彼が支配する裏社会をコミカルに描いている。二年度はのちの浮浪者パンフレットが裏社会とその支配者を描写するときのモデルになるのがこのパンフレットのコック・ローレルとその手下たちであり、なかにはコック・ローレルの名前を実在人物として持ち出したものもあることまで解明した。 三年度はこのコック・ローレルのイメージがシェイクスピアの『ヘンリー四世』に登場するフォールスタフや『じゃじゃ馬ならし』のクリストファー・スライなど、今日でもよく知られるエリザベス朝演劇のの喜劇的登場人物の起源になっていることを論証する予定である。この対象に関する論文は現在執筆中であり、学習院大学の紀要に発表する予定である。 また三年度は浮浪者に注目することにより、シェイクスピアの『十二夜』を従来とは全く異なる視点から分析する予定である。これまで全く指摘されていないが、この劇の登場人物の多くがシェイクスピア時代の現実世界では浮浪者に該当し、その点浮浪者文学の頂点にあたるものがこの『十二夜』である。このことが論証されればシェイクスピア研究に対しきわめて大きな貢献を果たすことができる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
基本的に申請書の「研究計画・研究経費」に気挿した内容に沿った使用を予定している。設備備品費は主に浮浪者関連の一次資料及び二次資料の購入に充てられる。消耗品費はコンピューター関連の消耗品、およびペーパバックの比較的廉価な資料購入である。また本年もイギリスの諸機関において資料調査を行い、国内での貴重な資料の調査および収集に努める。前年度に引き続き研究会を三か月に一度定期的に開催委、講演による情報提供に謝金を充てる。
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