2012 Fiscal Year Research-status Report
19世紀イギリス小説における「違法性」の表象の分析
Project/Area Number |
23520321
|
Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
永富 友海 上智大学, 文学部, 教授 (60305399)
|
Keywords | 売春婦 / 私生児 / 違法 / 家庭 / 兄妹 / 不義 |
Research Abstract |
1. 18世紀~19世紀英国における私生児、売春婦をめぐる当時の一次史料を、主に夏季、冬季、春季休暇を利用して、国内外の大学図書館、および British Libraryにおいて収集した。 2. 昨年度収集したDickensによる慈善行為の一環としてのUrania Cottage(売春婦の更生施設)関連の資料の読解と分析を集中的におこなった。その結果、友人に宛てた手紙や、また彼の編集する雑誌媒体で発表したこの慈善活動の報告書などに見出せる「売春婦」に関するDickensの言説と、彼の小説作品(David Copperfield)の言説との呼応関係をあぶり出すことに成功した。「売春婦」の言説は、小説作品に登場する売春婦の造形に見事に一致することで、読み取りやすい、つまり平板でパターン化したキャラクターを生み出してしまっている一方、もうひとりの「堕ちた女」としての主要女性キャラクターには、小説テクストの表面に浮上してこない抑圧された深層心理と複雑に絡み合う役割を課すという効果をあげている。さらに重要であるのは、こうしたふたりの「堕ちた女たち」に留まらず、売春婦の言説は、実は主人公 Davidのキャラクター造形に、ねじれた形で大きく関係しているのであり、この点を明らかにしたことで、ジェンダーのゆらぎが曖昧に指摘されてきたDavidの読解分析に、明確な裏付けを与えることができた。この成果はすでに論文としてまとめ、今年度出版予定の『海老根宏先生記念論集(仮題)』(松柏社)において発表予定である。 3. Dickensにおけるillegitimacyの問題をさらに追及するにあたり、彼のキャリアにおける1861年から数年間にわたる空白の時期に着目し、彼のpublicな面と、privateな側面との相克が、どのような言葉によって表象されていくかを分析するための資料収集、読解分析に着手した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1. 国内外の図書館での史料収集は、科研費の出張旅費が使用できるおかげで、きわめて順調に進行している。 2. Victoria朝におけるillegitimacyの問題は、時代の社会的文化的問題群のなかでもきわめて大きな位置を占めるトピックであり、したがってさまざまな時代の言説のなかに、思いもかけないような広がりをみせている。その広がりを無限に追い続けていくと、研究のまとまりに収集がつかなくなってしまうという危険性があり、しかし一方で、ある側面からのみとらえた読解分析は、重要な部分を大きく無視し、偏った結果に陥ってしまう。この両者のジレンマをどう解決するかが、目下の課題である。とりわけDickensは文学の領域にとどまらず、政治的社会的な発言も多数おこなっており、どこで線引きするかという非常に難しい決断を迫られているというのが実情である。 3. しかし、こうした大きな作家の研究が与えてくれる利点は計り知れず、当初思ってもいなかった研究の広がりが、刺激的なテーマへとつながっている。DickensとCollinsの共作であるThe Frozen Deepは、どちらの作家の研究においても重要視されてこなかった作品であるが、現在の研究を遂行中に、テーマの関連性から調査を始めたところ、Dickensの考えるヒーロー像の問題に深い関与性をもっていること、またCollins作品におけるgender間の問題にも、少なからぬ示唆を与えてくれることが判明した。こうした余剰としての成果は、思いがけない喜びであり、今後の研究の新たな方向性の発見にもつながっていくと考えている。
|
Strategy for Future Research Activity |
1. 今年度が当研究の最終年度にあたるため、収集できるかぎりの一次史料を、主に夏季、春季休暇を利用して、徹底的におこなう。 2. 関与性のある学会には、国内外を問わずできるだけ参加して、情報を収集し、意見交換をおこなう。 3. 昨年度から史料収集に着手した、Dickensの空白の期間をめぐる謎についての問題に関して、その前後に発表されたGreat ExpectationsとOur Mutual Friendsを中心に、Dickensがあくまでもpublicにみせたかった側面と、その側面を陰で支える負の部分―illegitimacyの問題―という観点から分析をおこない、論文の形にまとめあげる。 4. すでに執筆をおえているふたつの論文―センセーションー・ノヴェルにおける兄弟姉妹の言説とillegitimacyの問題を扱った「身内のレトリックと、結婚、相続の(不)可能性」(『英文学と英語学』)と、売春婦の言説に着目することで、主人公Davidのgenderの揺らぎに明確な裏付けを与えた「『デイヴィッド・コパーフィールド』における'familial' romance」(『海老根宏先生記念論集(仮題)』を融合させ、海外の雑誌に投稿する。 5. 現在執筆中の研究書の第3章(DickensとCollinsを中心とする)と第4章(Trollopeにおけるillegitimacyの問題を扱う)を仕上げ、出版に向けての推敲をおこなう。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
該当なし
|
Research Products
(3 results)