2012 Fiscal Year Research-status Report
21世紀英文学における「翻訳論」の現代的課題:理論的展開及び相互関係性の考察
Project/Area Number |
23520326
|
Research Institution | Tsuda College |
Principal Investigator |
早川 敦子 津田塾大学, 学芸学部, 教授 (60225604)
|
Keywords | 翻訳理論 / 世界文学 / ポストコロニアル理論 / ホロコースト / 自伝文学 / トラウマ理論 / 多言語 / 越境性 |
Research Abstract |
前年度の研究の蓄積をもとに、翻訳理論を体系的に統括して『翻訳論とは何か-翻訳が拓く新たな世紀』(彩流社)を出版したほか、具体的なテキスト分析を『世界文学を継ぐ者たち』(集英社新書)を上梓し、翻訳論の現代的課題をこれまでの展開の上に提示した論考をまとめた。とくに日本における翻訳論研究の活性化という目的において、翻訳理論とポストコロニアル理論、さらに近年注目されてきた「世界文学」の観点から取り組んだ試みは、翻訳論に新たなアプローチを提起するものである。 その過程で、従来の研究課題であった「ホロコースト文学」のテクスト分析を「歴史の再読」という観点で翻訳論の射程に引き入れて論じ、そこから「トラウマの言説」や自己を他者として語る「自伝」という文学の形式に展開する可能性を模索した。「自伝」へのアプローチは、本研究の最終年度の課題でもある。今年度はその導入として伝記作家としても著名なリンドール・ゴードンが執筆中である自伝・伝記を分析対象とし、津田塾大学紀要で「記憶の翻訳:Lyndall Gordonの回想記を巡る考察」をまとめた。また、トラウマの言説という観点では、カナダの翻訳学会誌に広島の被爆後の原爆詩をとりあげた論考"Translation as Politics:The Translation of Sadako Kurihara's War Poems"(Traduction, Terminologie, Redaction, vol.xxv)を発表した。 このように翻訳論に多方向からのアプローチを試みることが、今年度の課題でもあり、その目的はおおむね達成されたといえる。学際的な観点で複層的に翻訳について研究を展開できたということは、翻訳論の可能性を照射する点でひじょうに意義があったと考える。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記のように、今年度は得られた知見をもとに翻訳論の体系的な統括を行い、出版物としてまとめることができたことにより、さらに国内外の研究者や学際的な領域からのフィードバックも得ることができた。 最終年度に向けてのテーマの絞り込みができたことは、翻訳論をさらに自己と他者性への言語的アプローチの一形態でもある伝記・自伝研究との関係性から展開する可能性をもたらしたといえる。
|
Strategy for Future Research Activity |
3年間の研究の統括を行う頃が2013年度の重要な目標である。翻訳論の体系化が基軸としてあるところまで到達できたところから、その射程の中で、「自伝・伝記」批評をどのように翻訳論とリンクさせられるかが課題である。その具体的な分析対象として、リンドール・ゴードンが2013年5月に刊行予定である「母親の回想記」を取り上げ、母親の伝記を通して自身の半生を語る自伝的言説を、自己翻訳ならびに時代の再読という観点からの「再記述としての翻訳」という視点で分析を行う。さらにテクスト分析と同時進行で、同テクストの翻訳も、可能な限り進めたいと考えている。 また、翻訳論でもたびたび取り上げられるホロコースト第二世代の作家であるエヴァ・ホフマンの来日が秋に予定されていることから、ホフマンの日本での講演や知見を通して、記憶の言説というテーマを深化させたいと考えている。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
英国在住のリンドール・ゴードン自身との意見交換を行う目的での渡英(夏、約2週間を予定)に際しての旅費、ならびに来日予定のエヴァ・ホフマンへの講演依頼に伴う謝礼、および専門知識の供与に際しての経費を、通常の書籍購入などの経費に加えて使用する予定である。
|
Research Products
(5 results)