2011 Fiscal Year Research-status Report
戦間期の「多元的宇宙」―エルンスト・ブロッホのプロジェクト「遺産」と「異化」
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23520373
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Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
吉田 治代 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 准教授 (70460011)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 国際情報交流 / 独文学 / 思想史 |
Research Abstract |
今年度の中心的実績として、まず夏期休暇に実施した、「ブロッホ資料館」(ドイツ・ルートヴィヒスハーフェン)での調査が挙げられる。そこにおいて、新聞や雑誌に掲載されたヴァイマル時代のブロッホの一次資料、および最新のブロッホ研究について、調査・分析を行った。さらに、ブロッホ最晩年の弟子の一人であるベアト・ディーチィ氏をスイス・ベルンに訪ねた。ブロッホとその受容の歴史、および現在の研究状況などについて話を伺い、とりわけ、本研究でも中心的概念となっている「多元的宇宙」や「非同時代性」に関する、南米などの研究者による研究文献を紹介いただいた。非西洋の立場からブロッホの多元主義思想の現代性を問う本研究の主張を裏付けする文献に出会えたことは大きな収穫であった。 研究初年度である本年は、さらに、20世紀前半のドイツ思想史およびブロッホ周辺の知識人に関する最新の研究文献、そして、とくにブロッホと密接な関係にあったベンヤミンとクラカウアーの一次文献の読解という基礎的作業をすすめた。とりわけ、クラカウアーには日本でも紹介されていないヴァイマル期のテキストがかなりあり、その読み込みを重点的に行うとともに、クラカウアーとブロッホとの交流の実像を書簡などから調査した。その結果、左右のラディカリズムに拘束されることのない、クラカウアーの「脱領域的」姿勢、ドイツに根強い観念論の伝統を批判して、「具体的」現実の探究に向かう姿勢がブロッホに強い影響を与えていることが判明した。クラカウアーとの関係は、ブロッホ研究においてはほとんど取り上げられないが、『この時代の遺産』を中心とするヴァイマル期ブロッホの解釈には、クラカウアーとの関係の理解が欠かせないことが明らかとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
ヴァイマル思想文化におけるブロッホの位置づけを特定すべく、本研究では、ブロッホ周辺の知識人の著作を参照することも必要不可欠である。当初の研究計画では、本年度、左派のベンヤミンやクラカウアーだけでなく、右派の「保守革命」とその周辺の知識人(メラー・ファン・デン・ブルック、シュペングラー、クラーゲスなど)の著作の読解・分析も計画していたのだが、後者についての調査はほとんど進まなかった。その理由は以下の二点にある。1.平成23年度は、報告者の博士論文が単著として刊行された直後でもあり、いくつかの発表会で、その成果を報告することとなった。その際、博士論文で十分に論じきれなかった点を補う作業が生じたため、本研究の進展に若干の遅れが生じることとなった。2.夏に行ったドイツでの調査で、想定していたよりも多くの、ブロッホの一次・二次文献に突き当たることになり、その読解と分析に予想より多くの時間を費やした。 しかし上記二点ともに、本研究をすすめていく上で必要な作業であり、また今後挽回できる程度の遅延であると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
まず、上記に挙げたように、初年度からの課題である、「保守革命」周辺の知識人の著作の読解をすすめる。その際、「左翼対右翼」、「進歩派対保守反動」という従来の図式にとらわれることなく、彼らとブロッホとの親縁性と差異を丁寧に分析する。その成果を踏まえ、平成24年度は、『この時代の遺産』(1934年)およびその周辺の一次資料を、「多元的宇宙」のヴィジョンを具体化すべき〈遺産プロジェクト〉として読み解いていく。このプロジェクトは、1.ドイツ論、2.文化遺産論という形で展開される。1.『この時代の遺産』は、左翼によるナチズム批判の書とされ、ブロッホの言うドイツの「非同時代性」も、進歩の立場からの「後進性」「非合理性」批判として解釈されてきた。しかしブロッホの「非同時代性」には、(保守派のように)直線的進歩の概念を批判するという側面もある。ルカーチ流の近代的進歩の立場に立つドイツ批判と対照させつつ、ブロッホのドイツ論を多元主義的立場からのドイツ批判として解釈していく。2.上記の議論の基礎となっているのが、「この時代」のドイツが未来に遺す「遺産」の検証である。そのひとつは、ドイツの保守思想の批判的遺産相続である。そのナショナリズムを批判しつつも、保守思想を単に反動として断罪するのでなく、進歩史観に対抗して独自の文化的価値を認める思想として救い出していくブロッホの独自の立場を解明する。さらに、ドイツ表現主義の遺産に関するブロッホの議論を、その運動が開化させた文化多元主義の擁護という観点から、今日のポストコロニアルの議論も参照しつつ、再検討していく。 以上の研究の推進のため、立教大学を中心とする「ドイツ民族主義宗教運動研究会」のメンバーとの意見交換をすすめる。また、ディーチィ氏をはじめとする海外のブロッホ研究者とのコンタクトを広げ、積極的に意見交換を行う。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
上記の研究計画のため、ブロッホ関連の文献、およびヴァイマル思想関連(とくに「保守革命」や民族主義運動関連)の書籍(日・独・英語)を中心に購入する。平成23年度は、上述の理由から研究遂行に若干の遅れが生じたため、物品費などにも残額が出た。したがって、当初の計画にある、「物品費」21万円に、本年度の残額13万円のうち11万円を加えた32万円を、次年度の物品費にあてる。 さらに、夏の長期休暇を利用して、ドイツでの調査を続けたい。ヴァイマル時代にブロッホの活動拠点となった都市であり、当時の資料も豊富に揃える図書館を有するベルリンでの調査を予定している。また、ブロッホが戦後に哲学教授として活躍したライプツィヒがベルリンから比較的近いため、当地も訪ね、ブロッホ研究のさらなる深化を目指す。この調査旅行、および東京への出張旅行費として、合計50万円を計上する。 上記に、「その他」経費1万円を加え、合計83万円を使用する予定である。
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Research Products
(2 results)