2011 Fiscal Year Research-status Report
「マイナー文学」における「私」の比較研究-カフカ、R・ヴァルザーと日本の私小説
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23520385
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
古川 昌文 広島大学, 文学研究科, 助教 (60263646)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | フランツ・カフカ / ローベルト・ヴァルザー / マイナー文学 / 私小説 |
Research Abstract |
当該年度に行った主たる作業は本研究を遂行するための土台作りにあたるものである。以下、当該年度に予定していた(1)資料収集、(2)方法論的検討、(3)ヴァルザーとカフカの比較研究、の3点について記す。 (1)「マイナー文学」の観点からカフカ、ヴァルザー及び私小説関連の文献データベースを作成しつつ、順次収集してきた。この観点から西洋と日本の文学を見通そうとする研究は従来ないため、学術的価値があると同時に困難を伴うが、専門家の助言を得ながら七割程度まで進めた。 (2)方法論的検討としては「マイナー文学」の概念の定義付けを中心に据えた。カフカの日記に記された「小さな文学」及びドゥルーズ/ガタリの「マイナー文学」の規定を基に、「マイナー集団に属する作家がメジャー集団の文学制度―「言語」ではない―に従って文学を書くこと」という方向で論文をまとめている(近日中に発表)。この新たな定義により、ドゥルーズ/ガタリの規定が持っていたマイナー文学の政治性という特徴を保持したまま、日本の私小説を西洋の自然主義の枠組(制度)に従って書かれた文学として見直す視点を獲得することができる。 (3)カフカとヴァルザーの比較は、作品に表出される「私」の分析を中心に行ってきている。これにより、(a)極めて個人的色彩の濃い両者の作品が逆説的に政治性へと無媒介に直結していくという特質、(b)従来ヴァルザーの影響はカフカの創作初期に見られると言われていたが後期に至るまで影響が見られること、また(c)研究開始前には予想していなかった両者の持つ女性性への傾斜というジェンダー的特質(これもまた政治的である)、が明らかになりつつある。 以上のうち、カフカに関わる部分については2度の研究会(カフカ研究会)で口頭発表を行い、批判を仰いだ。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究の準備段階に相当するものとして2年前から行っていたカフカの「私」表現の研究完成が当該年度の夏前までかかっため、文献データベースの作成と資料収集に取り掛かるのが遅れ、集めた資料を読み込む基礎作業が年度後半にずれ込んだ。そのため、当初は「マイナー文学」の概念規定を含むカフカとヴァルザーの比較研究を年度内に口頭発表もしくは論文の形で発表することを目的としていたが、これは次年度に延期せざるをえなくなった。資料についても、当該年度に入手予定だったもののうち一部が遅れ、次年度の入手となる。 しかしながら、上記のカフカ研究は内容的に本研究の一部を成すものであり、当該年度に予定していた成果発表が遅れているとはいえ、準備自体は進んでいるから、大幅に遅れているわけではない。全体計画に変更を加えることなく取り戻すことが可能である。
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Strategy for Future Research Activity |
平成23年度は研究課題の進展にやや遅れが生じたが、研究計画の枠組自体に変更はなく、次の二つを研究の両輪として進め、最終的に両者を統合する予定である。 (1)ヴァルザーとカフカの作品における「私」の様態分析。まず当該年度に行った研究を論文にまとめ、続いて分析の対象をホーフマンスタールやリルケに広げ、それらとの比較の中で西洋近代における「マイナー文学」の特徴を明らかにしていく。 (2)日本の私小説の分析。この分析は、中心化された西洋に対して、日本文学を相対的に周縁化した「マイナー文学」とみる視点から行われる。この新たな視点に立って、従来の私小説をめぐる議論を整理すると同時に、特に漱石と鴎外の自伝的作品に着目し、そこに表出される「私」の特徴を明確化する。 上記の二つの研究は便宜上別個に行われるが、内容上は「マイナー文学」という視点を介して緊密に結びついている。次年度中にそれぞれの研究をまとめ、平成25年度(最終年度)には両者を総合し、近現代文学において日欧の境界を越えて観察される「マイナー文学」とその特徴を歴史的・文化的背景とともに明らかにする計画である。成果は国内はもとよりオーストリア(場合によってはドイツ)の学会でも発表する予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度使用額(当該年度未使用額)が生じたのは、文献データベース作成と購入リストの作成に取り掛かるのが遅れたことに加え(「現在までの達成度」に記述)、海外からの入手のタイムラグや入手予定の資料のうち入手困難なものが幾つかあったことが重なって、予定した資料を集めきれなかったことが主原因である。次年度はまずこれらの資料のうち入手可能なものについてはできるだけ早期に収集していく。研究の進展とともに必要性が明らかになった資料も少なくなく、全体として研究費の半分は図書・資料の購入にあてることになる。 旅費については、研究発表2回(独文学会、比較文学会)と資料収集1回(東京)を計画している。 以上が研究費の主な使用目的となる。その他はファイルやコンピュータの消耗品等の雑費であり、研究費全体の1割以内に収まる。
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Research Products
(1 results)