2012 Fiscal Year Research-status Report
「マイナー文学」における「私」の比較研究-カフカ、R・ヴァルザーと日本の私小説
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23520385
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
古川 昌文 広島大学, 文学研究科, 助教 (60263646)
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Keywords | カフカ / ローベルト・ヴァルザー / マイナー文学 / 私小説 |
Research Abstract |
当該年度に行った主たる研究活動について3点に分けて記す。 (1)資料収集。「マイナー文学」の観点から作成してきたカフカ、ヴァルザー及び日本の私小説関連の文献のデータベース(これは前年度に8割方完成)に基づき、体系的な収集を引き続き行った。この観点から西洋と日本の近・現代文学を比較検討した研究は従来なく、データ・資料は本研究はもとより今後の類似の研究の基礎となることが期待される。 (2)カフカとヴァルザーの比較。前年度から継続してカフカとヴァルザーの作品に表出される「私」の分析を進めた。従来ヴァルザーのカフカへの影響はカフカの創作初期に見られると言われていたが、前年度の研究によりカフカの創作後期に至るまで影響が見られることが分かってきたため、当該年度は特にカフカ最後期の作品『断食芸人』と『歌姫ヨゼフィーネあるいは鼠の一族』に絞って集中的に分析を行った。その結果、これらの作品が従来指摘されてきたトーラーやハシディズムに代表されるユダヤの伝統もしくはユダヤ神秘主義との関連よりも、西ユダヤ人と東ユダヤ人との相克など19~20世紀におけるユダヤ人の生々しい現実と強く関わっていることが判明しつつある。この成果の一部はカフカ研究会で発表した。 (3)私小説との比較。明治期以来数多く論じられてきた私小説をめぐる諸議論を整理するとともに、私小説作家車谷長吉の『断食芸人』論を分析し、車谷の初期作品の特徴と比較検討した。本研究課題における私小説の分析はまだ途上にあり、公開するには至っていないが、上の分析を通して明治期と現代との私小説の変化・相違が明らかになりつつある。日本の私小説を西洋における「マイナー文学」と比較する研究はこれまで存在しないため、試行錯誤を重ねているが、次年度の成果公開に向けて準備しているところである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
前年度の研究開始が遅れたことが影響し、当該年度もやや遅れた状態が続いている。本研究は2つの研究とその統合から成るので、それぞれについて現在までの達成度と自己点検・評価を記す。 (1)カフカとヴァルザーの比較。両者を「マイナー文学」における「私」の表出様態という観点から分析・比較するという研究目的は、内容的には、ほぼ計画通りに進んでいる。ただ、得られた研究結果を逐次口頭発表もしくは論文の形で公表していくという計画は必ずしも順調に進んでいるとはいえない。これは、得られた成果がなお断片的なものが多く、まとまった形にするために思いの外時間がかかっているためである。しかしながら発表のための準備は整いつつあり、研究の内容自体は概ね順調であるといえる。 (2)日本の私小説との比較。日本の私小説(心境小説)全般の西洋とは異なる位置付けについて明確な答えを与えるという研究目的に関しては、進行状況は遅れ気味と言わざるをえない。最大の理由は作家・作品が膨大かつ広範囲にわたっているため、上記の(1)と並行して進めるには時間が不足したことである。また、先行研究がほとんどないため、手探り状態で試行錯誤を重ねざるをえなかったことも遅れの理由となっている。研究計画を変更するほどの遅延ではないが、対象を絞り込むことが必要である。
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Strategy for Future Research Activity |
研究計画の進展にはやや遅れが生じているが、研究計画の枠組自体に変更はない。次の2点を研究の両輪として進め、最終的には両者を統合する予定である。 (1)カフカとヴァルザーの作品における「私」の様態分析をまとめ、限定的な観点からではあるが、西洋近代における「マイナー文学」の特徴を明らかにしていく。この特徴をより明確化するために、「マイナー文学」とはいえない作家、特に同時代のホーフマンスタールとの比較を行う予定である。カフカ文学にはホーフマンスタールからの影響も見られるが、ヴァルザーからの影響とは水準が異なることが本研究により明らかになりつつある。このことをカフカ-ヴァルザーの比較研究と関連させることによって、「マイナー文学」の特徴を浮き彫りにしていく予定である。 (2)日本の私小説の分析と西洋における「マイナー文学」との比較研究を進める。これは、中心化された西洋に対して、明治以降の日本文学を相対的に周縁化した「マイナー文学」とみる視点から行われる。時間的制約から焦点を絞る必要があるので、作家・作品を明治期(漱石、鴎外)と現代(車谷)に絞って分析・比較を行い、西洋文学との比較を通して、過去の私小説をめぐる諸議論に新たな観点を与えたい。 上記の2つの研究は「マイナー文学」という視点を介して緊密に結びついている。近代・現代文学において日欧の境界を越えて観察される「マイナー文学」とその特徴を歴史的・文化的背景と関連付けながら明らかにしていく計画である。得られた成果は国内外の学会に発表していく。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
当該年度は未使用額が生じたが、理由の一つは予定した資料が入手不可能であるものが多かったこと、もう一つは予定した学会発表を研究の遅れのため1件取り止めたことである。次年度に使用する予定の研究費は消耗品等の雑費(全体の1割以下)を除き、主に以下の3つに分けられる。 (1)資料収集。必要な資料は8割方揃っているが、当該年度内に間に合わなかったものや研究の過程で新たに必要性が出てきたものも少なくない。それらを早急に入手することが必要である。 (2)旅費。学会・研究会での発表及び資料収集のため、国内旅費を4件、海外旅費(オーストリア)を1件計画している。 (3)印刷費等。研究成果の報告書をまとめるために研究費を使用する予定である。
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Research Products
(2 results)