2012 Fiscal Year Research-status Report
グリム兄弟におけるドイツ・ロマン派の連続性と変容―イメージとテクストの協働
Project/Area Number |
23520411
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Research Institution | Kwansei Gakuin University |
Principal Investigator |
村山 功光 関西学院大学, 文学部, 教授 (20460016)
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Keywords | グリム兄弟 / ロマン主義 / フィリップ・オットー・ルンゲ / ドイツ / イメージ / 自然 / 近代批判 |
Research Abstract |
グリム兄弟の文学観が、従来考えられてきたような先人の諸著作からの〈抽象的な〉影響だけでなく、〈具体的な〉視覚的イメージに基づいて形成されたことを明らかにするため、ドイツ・ロマン派の中心的画家フィリップ・オットー・ルンゲの絵画との比較を中心テーマに据えた。まずは、直接的な影響関係を示す資料のないグリム兄弟とルンゲの関係について、兄弟がルンゲに多大な関心を持ち、その絵画世界に複数の回路を通じて親しんでいたことを、書簡や自伝、およびティーク『中世の愛の歌』や『少年の魔法の角笛』の挿絵を調査して明らかにした。次に、グリム兄弟とルンゲの親縁性が表層レベル(モチーフ、テーマ)だけではなく深層レベル(手法、構造、思想)にまで及んでいることを解明した。ルンゲは下位に位置づけられていた風景画を思想の新たな視覚的表現のメディアへと引き上げ、神の作用や本来的な人間のあり方を想像力によって主観的に描きこむ〈新しい風景画〉を構想した。グリム兄弟は従来軽視されてきた民間伝承を価値転換し、〈自然詩〉の風景を再構成した。両者においては植物・宇宙・子どもがモチーフとされ、神秘的な〈ヒエログリフ〉として緩やかに結び合わされて統一的な全体像を浮かび上がらせる〈アラベスク〉の手法で構成されている。両者の〈幼年期ユートピア〉は近代批判に支えられている。この研究の成果は、「グリム兄弟とルンゲ―〈自然詩の風景〉のイメージ」という論文にまとめ、関西学院大学文学部『人文論究』63巻第1号(2013年5月発行)に発表した。 平成24年3月にはドイツに出張し、フランクフルト大学図書館で資料収集をしたほか、児童文学研究所のH.-H.エーヴァース教授と研究の打ち合わせをした。特に、平成25年12月に出版予定の『『グリム童話集』200年記念論集』(エーヴァース教授は編集者の一人)の構想および村山の寄稿論文について話し合った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
昨年12月に開催された「『グリム童話集』200年国際会議」で研究成果を発表する予定だったが、自己の事情(子の養育等)により参加できなかった。 発表用に準備していた研究成果の一部は、上述のとおり「グリム兄弟とルンゲ ―〈自然詩の風景〉のイメージ」(関西学院大学文学部『人文論究』63巻第1号)にまとめたが、会議に参加して各国の研究者の批判を請い意見交換する機会を逸したことは残念だ(特に美術史家やロマン主義研究者との交流を期待していた)。 研究の方法については、グリム兄弟のテクストが絵画的な視覚イメージを喚起する構造を持つことについての確信は十分に持てたが、それをルンゲの絵画と結びつけるときの難しさを再確認せざるをえなかった。イコノロジーなど美術史の手法に通じておく必要を感じた。また、ルンゲの革新性を浮き上がらせるためには、それ以前の(擬)古典主義、中世回顧的ナザレ派の芸術など美術史を調べる必要も生じた。それによって、文学史では通常〈初期ロマン派〉と〈後期ロマン派〉に分類される〈ドイツ・ロマン派〉を、美術史上の区分〈プロテスタント的ロマン主義〉と〈カトリック的ロマン主義〉という概念で再考する視点が得られ、グリム兄弟の文学観の変化をより明瞭に照らし出す契機となった点では無駄な遠回りではなかったと思う。 以上の事情から、平成25年度に予定していた課題〈メールヒェン・ジャンルの変遷〉は、本研究の中心から離さざるをえなくなった。あくまでグリム兄弟のテクストの分析と視覚的イメージの関係の解明に研究テーマを限定することで、研究が深まることが期待できる。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究では、①グリム兄弟の文学観が視覚イメージから養分を得ていると同時に彼らの文学テクストがさらなるイメージを喚起していること、②グリム兄弟の思想が〈自然〉を問う初期ロマン派の普遍志向の圏内に発していながらも、次第に〈民族〉の個別特殊性へと重心が移動する傾向、この二つを中心にしている。今までの研究進捗状況から判断して、当初平成25年度に予定していた〈ドイツ語圏におけるメールヒェン・ジャンルの変化〉は将来の研究テーマとして切り離し、中心的課題に専心してこれを深化していきたい。 上記の①については、最重要のルンゲとの親縁性はほぼ解明できたので、他の画家が提供するイメージ群を分析したい。対象となるのは、C.D.フリードリヒ、K.F.シンケル、L.リヒター、ナザレ派である。特に自然の風景、子ども・民衆・女性、植物、民族性の描写に注目し、自然観・人間観の相違を見ていきたい。 ②については、『グリム童話集』初版第2巻序文に見られる〈ナショナリズム的傾向〉が、対ナポレオン解放戦争直後の一時的高揚感に由来するものでなく、グリム兄弟の〈民衆(民族)〉観、文学観(自然詩=民衆詩)に内在していること、そして彼らによる〈自然〉観には普遍的志向と民族的志向の両方の可能性が併存していることを、まず解明したい。グリム兄弟の思考は、普遍志向の初期ロマン派の圏内から出発していながらも、のちのナショナリズムにも養分を供給することにもなる。これは、当時の歴史的社会状況だけでなく、彼らの手法(学術的文献学)の持つ脆さにも関係している。これらの事情を、思想史・学問史を考慮に入れて解明していきたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度にカッセル市(ドイツ)で行われた「『グリム童話集』200年国際学会」に出張する予定だったが、長男の出生と時期が重なったため参加できなかったので、平成25年度は2回ドイツに出張し、フランクフルト大学エーヴァース教授との研究打ち合わせや、ベルリン、ハンブルク、ミュンヒェンの美術館での資料収集・学芸員との打ち合わせを行いたい。 また、ロマン派の先駆者J.G.ヘルダーの著作集、ロマン派の画家・建築家K.F.シンケル関連の文献の他、グリム兄弟やルンゲ、ロマン派、偽古典主義、思想史・文化史関連の新刊書を購入する。ドイツの大学・研究機関に資料のコピーと郵送を依頼するための複写費・通信費も計上している。 『『グリム童話集』200年記念論集』へのドイツ語論文を寄稿(7月)、およびドイツ語による国際学会での発表(3月)のため、ネイティヴスピーカーによる校閲がその都度必要となる。
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Research Products
(1 results)