2011 Fiscal Year Research-status Report
口形分析によるハ行唇音の痕跡とその変容に関する研究
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23520563
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Research Institution | Iwaki Meisei University |
Principal Investigator |
大橋 純一 いわき明星大学, 人文学部, 教授 (20337273)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 東北方言 / 口形分析 / ハ行唇音 / 口唇形状 / 音声変化 |
Research Abstract |
本研究は、東北方言に残存するハ行唇音の実相とその口形上の特徴を明らかにするとともに、当現象の衰退過程を追究することを目的とするものである。またそのために、(1)東北地方の日本海沿岸部から内陸部にかけての境界地域を中心に多地点・多人数調査(発音の動画採録)を行うこと、(2)その各口唇形状を連続静止画像として捉えることにより、唇音衰退の段階的特徴を可視化すること、(3)その衰退過程に調音・実相上のどのような理屈があり、それによってどういった衰退原理が帰納されるのかを追究することを念頭に置くものである。 本年度は、以上のうちの特に(1)に重点を置きつつ、まずは唇音の痕跡とそのバリエーションを把握すべく、主として日本海沿岸地域(北奥方言域)の高年層に絞った実地調査を行った。具体的には、秋田県秋田市・大仙市、山形県酒田市・東根市、新潟県村上市を調査地点に据え、それぞれ同一の調査票を用いた質問調査、3~4名で構成した談話調査を行った。なお、以上はいずれもDAT・ICレコーダーにデジタル記録するとともに、発音時の口唇の動きをビデオ採録によって追跡した。 収集音声は「音声録聞見」によって音響分析を施し、まずはその実相が唇音性のものであるか否かを客観的に検証した。次いでその各実相につき、ビデオ採録による連続静止画像とのつき合わせを行い、唇の接触・接近の度合いや口構えの構造(平唇的か円唇的か)などが検証された具体相とどのように連動するかを追究した。その結果、調査の範囲において、(1)両唇摩擦音、(2)唇歯摩擦音のほか、(3)一部口形のみにそれらの痕跡をとどめつつ、結論的には声門摩擦音を発音する段階、(4)両唇摩擦音にみとめられるような円唇つき出し(つまりは縦方向)による緊張をそのまま横方向にスライドしつつ維持し、結論的には両唇または声門摩擦音を発音する段階のあることが明らかとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、ハ行唇音という歴史的な古音がいかにしてその唇音性を落としていき、現状の声門音へと推移するに至ったかを、主として方言に残る唇音の諸相を詳細に捉えることにより明らかにしようとするものである。上記の概要にも記したとおり、本研究の新しさは、各実相を音響分析と口形分析の対照を通して視覚的・客観的に明らかにしようとする点にあるが、その研究実践のためには、当然のことながら、痕跡としてみとめられる実相のバリエーションを可能な限り多地点・多人数にあたって押さえることが前提となる。つまりは、現状把握としての実地調査が技術的な音響分析および口形分析に先行されなければならない序列がある。 本年度は、以上のような認識に基づき、予備調査から典型的な唇音の実現が期待できる日本海沿岸域中~北部(秋田・山形県)、それらの衰退過程ないしはその末期的状況にあることが推測できる同域南部(新潟県)に代表地点を求め、各々、60~80歳代を対象とする実地調査を集中して行った。これにより、大局的にでも唇音痕跡のバリエーションが捉えられ、今後の研究の指針を得ることができた。一方で、実施した調査地点の範囲内ではあるが、音響分析と口形分析を行った結果、聞こえの上では共通語音(声門音)に過ぎないものの口形上にわずかな唇音の痕跡を示すものがあり、唇音退化の道筋が実際には地点・個人ごとに多様であることが示唆された。 このように、本年度の研究成果は大括りな実態把握の面にあるといえるが、以上の知見を得ることではじめて研究推進の方策が見通せた部分がある。よってそれらを総合的に踏まえ、現在までの達成度に関し、おおむね順調に進展していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究推進の方策は、平成23年度の研究実績に基づいて検討する。 上記のとおり、本年度の最大の研究実績(成果)は、音響分析と口形分析とをつきあわせることにより、従来指摘されてきたような両唇・唇歯摩擦音のほかに口形のみに唇音の痕跡がみとめられるもの、円唇つき出しによる唇音性のほかに平唇横引きによる唇音性のものが確認されたことである。これにより、ハ行唇音の痕跡、その分布領域は、これまで概説的に知らされてきたものよりもさらに広汎に及ぶことが予見される。今後は、日本海沿岸部から内陸部にかけての境界地域といった枠を常識的に設けるだけではなく、むしろ太平洋沿岸北部(たとえば青森県南部地域、岩手県の旧南部藩領域)、宮城~福島県の各区画地域などを幅広く対象地点に据えることを考えていきたい。 一方、本年度は唇音の痕跡を確実に捉える観点から高年層に絞った調査を行ったが、現象が広汎に及ぶという点では世代的にも同様の広がりが想定され、その実態についても幅広く捉えていく必要がある。とりわけ上記するような「口形のみに唇音の痕跡がみとめられるもの」、「平唇横引きによる唇音性のもの」は、唇音が衰退していく過渡的な姿を示すものとして、高~中年層の移行年層にある程度まとまった形でみとめられることが予想される。予定の調査地点について、今後は60~80歳代を中心に据えながらも、さらに40歳代後半~50歳代あたりも視野に入れて考えていくことにしたい。 加えて、今後は収集データの分析、そこからうかがえる原理面の追究にも本格的にとりかかることとする。基本的には本年度の方法論(音響分析と口形分析とのつき合わせ)を踏襲するが、より大量のデータを詳細に分析することにより、新たな実相バリエーションの究明などにつなげていきたいと考えている。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
本研究は、古音(ハ行唇音)の地理的・年代的諸相とその変容の解明を目的としており、研究の性格上、実地調査が重要な位置を占めることになる。平成23年度は研究条件の整備のために、デジタルビデオカメラ等、機材の購入をある程度想定する必要があったが、それでも研究旅費の占める割合は比較的大きかった。次年度に向けては、本年度の実態把握を踏まえ、さらに地理・年代を幅広く対象に据える必要がある故、研究費の使用内訳は必然的に当該部が大勢を占めることとなる。 一方、音声・動画(静止画)データは上記の調査の分だけ肥大化し、その大量データを保存すること自体、またそれらをカテゴリー別に細分類すること自体が大きな課題になると思われる。そのことを見越して、DVDをはじめとする各種メディア、ポータブル形式のハードディスク等は余裕を持って購入・使用していきたいと考えている。 なお、実地調査時の(調査現場での)資料整理を円滑に行う必要上、ビデオカメラやICレコーダーの配線類、またそれらのデジタルデータをダイレクトに接続するタブレット型のパソコン購入も想定している。調査の経験からすると、収集データがどの個人・フェイスシートと照応するかが持ち帰った後の整理では不分明になりがちである。そういった不都合を、調査現場でダイレクトに処理することにより解消するのが狙いである。ただし、これらは調査そのことの重要性に比べれば必ずしも絶対条件ではなく、あくまでより円滑なデータ処理を執り行うことに主眼と意義があるものなので、研究の進展(費用の使用配分)を見計らいながら柔軟に対処していきたい。
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Research Products
(1 results)