2011 Fiscal Year Research-status Report
ルーン碑文を利用した、中世ノルウェー語の英語への影響研究
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23520580
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Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
伊藤 盡 信州大学, 人文学部, 准教授 (80338011)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | ノルウェーとの国際情報交流 / ルーン文字 / 言語接触 / 西ノルウェー方言 / 古北欧語(古ノルド語) / 古英語 / 中英語 |
Research Abstract |
当該年度の最も重要な成果は3つある。第1に国際学会(国際中世学会、於米国カラマズー;国際歴史言語学会、於大阪)における二度の研究発表によって、英米および北欧の研究者との情報の交流が行えたこと。第2に、ノルウェー王国に渡り、ベルゲンにあるブリュッゲン博物館に所蔵されたルーン碑文の実物と605片のうち約1割にあた60点の碑文と既存データと照会しつつ、オスロ大学Spurkland博士とTerje博士との交流によって助言を受け取ったことがある。これにより、標準再建音に関して、ノルウェーのルーン学者の間でも方言差(例えば西ノルウェー方言とオスロ近郊の方言差)による音価の確定が問題視されており、以前より「標準再建音」に疑いが持たれていることを知ることができた。第3に、島根県立大学の横田由美准教授との議論が進められたことである。 その一方で、計画通りに行かなかったことは3点ある。第1に、最先端のルーン文字研究者の間で、標準再建音への信頼度が薄れていることがわかったことによって、本研究の目標とした再建音の範囲を特定することが当初の予想以上に困難となっていることが確認された。このことによって、オスロ大学のSpurkland博士との情報の交流を密にする必要が提起された。第2に、碑文の実物との照会に費やすべき時間が予想以上にかかり、予定していた碑文の1割程度しか照会が行えなかったことである。これはベルゲンへの再訪とオスロ大学のデータベースのより効率的な利用が必要とされることとなった。第3に熊本大学の松瀬准教授と上述の横田准教授とのシンポジウムが、学会の運営上の問題によって頓挫した。これは次年度以降に実施することを再計画している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
日本におけるこれまでのルーン文字研究は偏りや遅れがあったことが確認できたことは大きな成果であり、ルーン碑文の研究方法や読解について、現場の研究者から多くの助言を貰えたことは、これまで八方塞がりだった日本国内における研究に大きな風穴を開けたことになる。しかも、データ化された文字情報では分からなかった、ルーン文字を実際に刻む筆致を直接目で確認することによって、ルーン文字を刻む中世の人物が、文字を刻む時にどれほどの確信を持って音声を文字化しているかを知ることができた。実際の文字や筆致を考察対象に含めるこのような研究態度は、写本研究においては現在常識とされているが、ルーン碑文研究では、これまでは主に石を素材とした研究に焦点が当てられていたため、木片への日常的な文字の刻印への態度を考察対象にする考察が欠けていたと思われる。今後のルーン文字研究の方向付けや研究者の関心も、素材や刻む人物の心的態度に向けられることが予想される。 また、ルーン碑文の研究自体、ノルウェー本国でさえも、予算や組織再編、さらに世代交代の問題があって、以前より順調に伸展しているわけではない、などといった状況も今回の情報交流を通じて知ることができた。今後、この人脈をさらに太くしながら、日本にいながらでも国際的な研究に貢献できる道筋を探す余地ができたとも言える。 さらに、1割ほどの碑文照会からでも、母音uの音価への意識について、これまでの内外の研究からは見過ごされていた新たな考察を行うことができた。Spurkland博士からも激励を受けたこの考察をさらに進め、他の母音の特徴と比較検討する方向付けができた。 以上のことから、予定とは若干異なる方向性とはいえ、順調な進展を示していると自己評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、オスロ大学のデータベースをさらに利用しつつ、実際の碑文ではどうなのかという強い問題意識を持って、データの解析を進めることとなる。 さらに、ノルウェーの方言史についての文献を集め、精読必要がある。幸い、当該年度で基本的な重要文献を手に入れることができたので、それを元に、最新の論文との照会を進めながら、オスロ大学のSpurkland博士との緊密な連絡を取ることが求められる。 また、H25年度には、さらに大きな目標である、北イングランドでのフィールドワークが残されている。これについては、マンチェスター大学と新たな学術的ネットワークを結ぶ必要があるが、H24年度に行われるデンマーク、オーフス大学での国際学会で、英国の研究者仲間と再会する予定であり、その際には入念な予定を組むことになっている。 本来の予定であった、古英語の方言差については、初期中英語の研究を踏まえる必要があり、京都大学の家入葉子教授をはじめ、東京家政大学の横田准教授との更なる議論を重ねつつ、年末の中世英語英文学会でのシンポジウム開催を目指す予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度は、二度の研究旅行と文献購入およびコンピュータによる画像分析を予定している。研究旅行は、第1に夏に行われる国際サガ学会での研究発表および取材である。第2に、年度末に行うべきベルリンおよびオスロ再訪である。場合によってはオスロへの渡航は必要でなくなる可能性はあるが、ルーン碑文の残り9割ほどの碑文の現物照会を進める予定である。 画像分析には、新型のコンピュータとディスプレイの購入が必要であるが、購入物品の納品が次年度となった。その購入費と旅費に合わせ、文献購入費用として、研究費が用いられる予定である。 また、国際学会での情報交流によって、英国のTownend博士(ヨーク大学)、オスロ大学のSpurkland博士の両名には、謝礼を含めた研究指導および助言を請う予定にもなっている。
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