2011 Fiscal Year Research-status Report
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23520589
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Research Institution | Seitoku University |
Principal Investigator |
藤原 保明 聖徳大学, 人文学部, 教授 (30040067)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 国際情報交流 |
Research Abstract |
古英語の強勢母音は1100年頃までに -ld, -rd, -nd, -mb などの同器性子音連結の前で長化したと言われているが、先行研究を精査し、データを調査した結果、1) 2番目の子音には有声閉鎖音の他に有声摩擦音も含まれるが、無声の閉鎖音と摩擦音は含まれないことから、長化の引き金となったのは有声の阻害音であると推定される、2) 語末の有声阻害音の前には共鳴音以外は生じないことから、これらの子音は長化には関与していない、という二つの結論が得られた。これらの結論から、長化は現代英語の有声阻害音の前で生じる伸長 (stretching) と同類であること、および紀元前2000年以降のグリムの法則の第一次子音推移によって対立するに至った有声閉鎖音と無声閉鎖音が先行母音の音量の伸長と縮約によって対立をさらに際立たせるようになったという二つの仮説が導き出せる。 これらの仮説に基づき、有声閉鎖音による伸長がすでに古英語期の強勢母音に作用し、やや長めの位置異音を生じさせたという新たな解釈を提案した。この解釈に従うと、長化の時期と地域には差異があり、また一度長化した母音が再度短化する場合があるという二つの事実も説明できる。さらに、長化は古英語期の一過性の共時的音変化ではなく、現代英語に至るまで広く生じている普遍性のある通時的現象の一つとして捉えることができる。一方、同器性以外の子音連結の前での強勢母音の短化は、2番目の子音が無声阻害音であることから、現代英語にも広く見られる縮約 (clipping) によって説明できることを示した。 これらの研究成果は通説を覆すだけではなく、長化の動機、時期、地域差、再短化現象などを明解に説明でき、さらに、音変化の普遍性に対する従来の認識を大きく変えることになるため、今後の英語音韻研究の進展に寄与するところがきわめて大きい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、英語史上最も大規模な二種類の音量変化の要因とその仕組みを解明することである。具体的には、第一に、1100年頃までに -ld, -rd, -nd, -mb などの同器性子音連結の前で生じた強勢母音の長化と、その他の子音連結の前および3音節語の第一音節生じた短化についてのこれまでの解釈には疑義があることから、これらの音量変化の要因と仕組みを明らかにすることである。第二に、中英語期に2音節語の第一音節が開音節の場合、強勢母音は長化したが、その動機や仕組みについての従来の説明にはさまざまな疑問があることから、この大規模な音量変化の動機とメカニズムに明解な説明を施すことである。これら二種類の音量変化の要因と仕組みが共に解明できると、英語史上の代表的な音量変化に介在する個別の要因、すなわち時代や地域に依存する要因と、普遍的で一般的な要因が浮かび上がってくることが想定されるので、これらの要因についても提示することが課題となる。 初年度の目的は、同器性子音連結の前で生じた強勢母音の長化と、その他の子音連結の前および3音節語の第一音節生じた短化の要因と仕組みを解明することであった。このうち、子音連結の前での長化と短化については、後続の阻害音の有声・無声によって引き起こされる強勢母音の伸長・縮約という普遍的な現象によって単純・明解な説明原理を提案することができ、従来の解釈を根底から覆すことができた。それゆえ、想定をはるかに超えた成果が得られたので、達成度は100%と評価できる。ただし、3音節語の第一音節生じた短化の要因と仕組みの解明には、語の音節構造とリズム、および語の発音に要する時間の問題が絡んでくるため、24年度に予定している開音節中の母音の長化の要因と仕組みの解明の取組の中で扱うことにしたことにより、この点の評価は次年度に行う。
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Strategy for Future Research Activity |
中英語の2音節語の第1音節が開音節であると、その音節の強勢母音は長化した。平成24年度の課題は、この長化の原因とプロセスを解明することである。そのためにあらかじめ十分に検討しておかねばならないことは、音節の構造、リズムと音節の関係、等時性の関与、古英語後期に出現したシュワー(=曖昧母音の)の影響、モーラ言語であった古英語から中英語へ移行する際に生じた言語事象、中英語期の方言と地域差、データの採取対象の選択などである。 そこで、最初に開音節の長化の時期と地域差に関する先行研究を精査し、論点を明確にする。次に、長化に伴う音量変化のメカニズムに関する所説の是非を検討する。具体的には、1) 長化は強勢母音の後の完全音価を有する母音の弱化に伴う音量の減少に対する代償なのか、2) この弱母音が後に脱落したことに伴い、音量を補う必要が生じたことの代償なのか、3) 双方の代償が続いて起こったのか、などついて考察する。それに先立ち、古英語のリズムの原則、すなわち、1) 音節、モーラ、強勢のいずれがリズムに関与するのか、2) シュワーはいつ、どこで出現したのかを示さねばならない。 本研究の推進方策の特徴は、言語事象を通時的のみならず共時的観点からも考察することにあり、中英語の開音節中の長化についても、現代英語の類似の音環境においてどのような音声現象が生じるかについて精査し、両者を比較対照することによって、普遍的な現象として記述できるかどうかを検討する。 平成23年度と平成24年度の研究結果から、古英語から現代英語までに生じた母音の音量変化の音声的・音韻的要因を明らかにし、時代ごとの個別の要因と通時的要因を峻別する。さらに、語全体の音量調整はどのような原則の下で行われてきたかについても記述する。また、音量変化は後の大母音推移の音質変化にどのような影響を及ぼしたのかについても考察する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度は開音節における母音の長化の原因とプロセスの解明が中心課題となるので、研究費の大半はこの課題遂行に係るものである。具体的には、音節・リズム・等時性・シュワー・モーラ・代償長化などのキーワードに関係する音声学と音韻論分野の文献が必要となることから、書籍の購入と雑誌論文の複写のための費用が必要となる。 次に、本研究は古英語から中英語、近代英語を経て現代英語に至るまでの英語の音変化の通時的特徴を記述することが主眼であることから、英語史関係の文献とデータを採るための代表的な詩や散文の刊本が不可欠である。そのために英語の通時的側面を扱った書籍の購入と論文の複写のための費用が必要となる。なお、平成23年度において、発注済み書籍の一部の刊行遅延により繰越金が発生したが、これらの書籍は平成24年度に購入し、研究遂行に役立てたい。 英語と近縁のドイツ語、フリジア語、デンマーク語などと比較すると、語の音量変化の要因などの手がかりが得られる可能性が高いことから、これらのゲルマン諸語の辞書や文法書も随時参照できるよう購入しておきたい。 先行研究はこれまで詳細に読み、その要約をノート等に記録してきたことから、保存のためのノート、バインダー、筆記具、電子媒体が必要となる。また、古英語や中英語などの音韻研究のために抽出されたデータの整理と保存のために補助員が必要となることから、そのための経費が必要となる。 開音節における母音の長化は国内でもかなり多くの研究者が関心を持つテーマであることから、学会等での研究発表やシンポジウムで成果を報告し、意見や情報の交換を行いたい。また、成果の内容に応じて海外の学会での発表も計画に入れておきたい。そのための旅費は必要となる。
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Research Products
(7 results)