2012 Fiscal Year Research-status Report
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23520589
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Research Institution | Seitoku University |
Principal Investigator |
藤原 保明 聖徳大学, 人文学部, 教授 (30040067)
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Keywords | 英語の音変化 / 開音節 / 強勢母音 / シュワー / 古英語 / 中英語 / 音量 / 音質 |
Research Abstract |
平成24年度の主な課題は中英語の2音節語の開音節における強勢母音の長化の仕組みを解明することであった。その理由は、第一に、通説ではこの長化の原因は語末の弱母音の脱落に伴う代償にあるとみなされているが、語末の弱化母音(=シュワー)は当時も現在も先行の完全母音から音量を借りなければ語や文のリズムに関与できないほど弱くて短いことから、シュワーの脱落がその代償として先行母音の音量を増大させるほどの変化を引き起こしたとは考えにくいこと、第二に、この長化は音量のみならず音質の変化も引き起こすことがあったにもかかわらず、従来の説はシュワーの脱落が先行母音の音量と音質を共に変化させた過程に対して明確な説明を施していないことにある。 今回の研究において着目したのはシュワーの出現と、その前後の時期における英語の音声的・音韻的側面である。すなわち、シュワーの出現以前は英語はモーラ言語であり、母音の音量は示差的かつ均質的 (homogeneous) であり、長母音は短母音の2倍の音量があった。ところが、シュワーの出現以降の英語の母音の音量は現代英語と同じく相対的であり、後続の音の影響を受けて変化し、長母音の音質は異質的 (heterogeneous) である。また、語全体の長さはほぼ等しくなるように調整される。それゆえ、開音節での強勢母音の長化は、直後の母音の脱落ではなく、シュワーへの弱化の結果、従来の完全母音の音量が維持できなくなり、先行の強勢母音の音量を増加させて語全体の音量を維持する力が働いたと考えざるを得ない。この結論は長化が中英語期以前に始まっていたという仮説を導く。 今回の強勢母音の長化の仕組みの解明は通説の再考を迫るだけではなく、英語の史的音変化の研究における普遍的な音声現象に関する情報の重要性を指摘し、さらに、今後の英語の通時的・共時的音韻研究に大きく寄与し得る。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初の計画は予定通り遂行され、多くの成果が得られたのみならず、これらの成果から英語の通時的・共時的音韻研究についての大きな示唆や手がかりが得られ、また新たに取り組むべき重要な課題が浮かび上がってきたからである。具体的には、2音節語の開音節における強勢母音の長化の原因は通説による後続の弱母音の「脱落」ではなく、完全音価を有する母音のシュワーへの弱化にあるという結論に達したこと、及び、長化の時期、地域、根拠は一括して説明できるようになったことは大きな成果である。ただし、これら3つの観点から長化を詳細に考察し、結論の妥当性を検証する必要性が出てきたことと、シュワーの出現を長化の原因とみなしたことにより、英語の史的発達におけるシュワーの機能が従来より重要となったことから、今後シュワーを中心に据えた史的音韻研究の可能性を検討せねばならなくなった。もっとも、シュワーの機能や音声的・音韻的特性は現代英語からかなり多くの具体的な例や情報が得られることから、これらの新たな課題は取り組みやすく、より普遍的な音変化の研究が可能となり、成果も期待できる。 一方、古英語の -igで終わる2音節語の強勢母音は長化しないことから、これまでこの種の語は長化の例外とみなされてきた。しかし、今回の研究の結果として、この語尾は -ig[ij]>-i[i:]と変化するため、完全母音は維持されていて弱化や脱落を受けないことから、そもそも長化を引き起こす音環境に合致せず、それゆえ先行母音の音量変化に影響を与えないという新たな解釈を提示できたが、これも予想以上の大きな成果である。その他にも、これまで例外とみなされてきた現象があることから、豊富なデータを抽出した上で新たな視点から一般化を行う必要性があるが、その場合でも現代英語に見られる類似の現象から情報が得られることから、研究が円滑に進むことが期待できる。
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Strategy for Future Research Activity |
平成23年度の研究において、古英語期の「同器性子音連結」の前での強勢母音の長化と呼ばれている音量変化は阻害音の有声・無声の対立に基づくものであることを明らかにした。しかし、この音量変化には音質変化が伴わなかったが、平成24年度の中英語期の2音節語の開音節における強勢母音の長化の場合は、音量だけではなく音質の変化も伴うことがあったことから、今後の研究は母音の音質の変化も視野に入れなければならなくなった。 そうなると、1400-700年頃に英語の強勢母音に生じた大規模な音質変化、すなわち「大母音推移」の詳細について考察せざるを得なくなる。とりわけ、過去2年間の母音の音変化を中心とした研究の成果を活用して「同器性子音連結の前の強勢母音の長化」、「2音節語の開音節における強勢母音の長化」、「大母音推移における強勢長母音の音質の変化」という英語史上最も大規模な3つの音変化のメカニズムを統合的な枠組みの中で説明できるどうかについて考察せねばならない。したがって、平成25年度はその可能性に挑むことになる。 具体的には、シュワーの出現によって英単語の音構造にどのような変化が生じたのかを詳細に分析せねばならないが、中心課題は音節と語全体の音量がどのように調整されたのかである。この課題の有力なヒントは現代英語における分節音、音節、語の音量から得られる。一方、音質の変化もシュワーの出現と深く関わっていることから、現代英語からの情報を活用すればこの現象の解明も首尾よく行きそうである。 研究全体を通して重要となるのは、通時的のみならず共時的観点からも音変化という現象のメカニズムを考察し、言語音の普遍的な特性と音変化の仕組みを解明することである。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成23年度と24年度の研究成果、すなわち、古英語の初期から中英語末期までの母音の音量変化のメカニズムに関する分析結果から、どのような音声的・音韻的要因が英語の史的音量変化に介在しているのか、また、時代ごとの個別の要因、および通時的かつ普遍的要因にはどのようなものがあるかについて考察する。そのためには先行研究の精査は欠かせないことから、英語の音声学・音韻論、英語史を中心とする文献(書籍と論文)を可能な限り購入し、手元に置いて適宜参照したい。 次に、英語の強勢母音の長化に関する過去2年間の研究結果として、古英語の初期から中英語末期までに語全体の音量がどのように調整されたのか、また、古英語から中英語にかけて強勢母音の音量がどのように変化したのかについて、いずれも詳細な情報と知見が得られたことから、これらを最大限活用すれば「大母音推移」(Great Vowel Shift) と呼ばれる大規模な母音の音質変化の要因とメカニズムを解明できる可能性は高い。 この新たな課題を遂行するためには、音韻論、とりわけ中英語期の音韻に関する文献と大母音推移に関する文献のうち、重要なものは随時参照できるようにするために購入しておきたい。また、国内の研究者との意見や情報の交換も必要であることから、そのための旅費を確保したい。 さらに、英語の母音の音量と音質の史的変化についての研究結果をとりまとめ、成果を公表せねばならない。そのためには、情報の整理とデータベース化に係る諸経費、国内外の学会への旅費、成果の刊行経費などが必要となる。
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Research Products
(5 results)