2012 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
23520804
|
Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
山室 恭子 東京工業大学, 社会理工学研究科, 教授 (00158239)
|
Keywords | 商人集団 |
Research Abstract |
江戸幕政における三大改革について、商業資本の浸透による武家の窮乏化を、相対済ましや棄捐など債務破棄の強引な手段で押しとどめようとした守旧的な政策であるという通説を覆し、武家の窮乏は「金銀不融通」という市場の停滞を引き起こして商人の窮乏をも招くというミクロ経済学の構図で全体をとらえ直すことが申請書に掲げた本研究の目的である。 その目的を達成するために、前年度は幕府と商人の利害が斬り結ぶ焦点である貨幣改鋳に着目し、幕府による貨幣改鋳政策は、従来の通説のような赤字補填のための改鋳益獲得が目的ではなく、放置しておくとどんどん退蔵されてしまう貨幣を商人の蔵から引きずり出し市場に回転させるため、定期的に改鋳して旧貨幣を無効化することで退蔵を防ごうという、いわばリニューアル作戦であったという新説を導いた。 引き続き本年度は、政策担当者が具体的にどのように政策を立案し、議論し調整して実施に踏み切るに至ったかという政策決定プロセスについて解明することに焦点をあてた。具体的には、棄捐令と町会所設立という2つの大きな政策について、松平定信率いる「チーム定信」という4名の奉行集団が闊達な意見交換と実地踏査を重ねつつ、紆余曲折の末に大きな経済政策を成功させるに至るプロセスをこまかく解明した。 その過程で、政策担当者相互が、あたかもメール審議のように書き言葉で存念を披露しつつ意見調整をはかったことや、その際に担当者たちが驚くほどに世評のゆくえを警戒し、世論を敵にまわさないよう周到に配慮していることなど、じゅうらい知られていなかったいくつもの特徴を摘出することに成功した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
江戸の商人集団の特性という新たな分野へと研究を拡張することができたからである。 2010年に一括出版された『江戸商家・商人名データ総覧』全7巻という大部の資料集をもとに、江戸の商人の業態について、資料上確認できる全ての個別情報をデータベース化して計量的に分析するという、従来試みられなかった新しい手法で斬り込んでみたところ、三井という大商人にのみ依拠して構築されてきた通説を覆す道が見えてきた。 これは当初の計画では予想されていなかった大きな新天地である。 分析を進めていくと、江戸の商人個々の商業活動は、通説で描かれているよりもはるかに短期間しか存続せず、規模も零細で不安定であったことが明らかになり、しかもその株継承の原理は、近世社会に一般的であった血縁相続ではなく、他人同士の譲渡によるものが一般的であった。 武家社会と対蹠的な性格を有する商人社会の存続原理を明らかにすることで、新しい近世社会の構図が描けることが期待されるので、本年度はここに分析の主力を置く予定である。
|
Strategy for Future Research Activity |
1)統計分析 新たな視点として見えてきた商人集団の特性をあぶり出すため、各商人の履歴をデータベース化して、継承の原理(血縁相続か他人譲渡か)や存続期間、さらに業種、他業との兼業関係、居所といった各種の情報を整理し分析する。これらはじゅうぶんに計量分析に耐える質量の数値データであるので、相互の要素の相関関係などに着目した統計的な分析を実施する。また江戸の町名は非常に細かく割り振られているので、この特徴を利用して切絵図と照合しての地域展開分析も合わせおこなう。 2)政策決定過程 商人の集団編成原理のコアを為すと目されるのが「株」と「番組」である。そこで、そのシステムを覆した株仲間解散令に焦点をあて、政策担当者は何を意図してこの政策を実施したのかを、棄捐令や町会所設立でおこなったのと同じように、こまかな意思決定プロセスをトレースすることで究明する。 3)ゲーム理論への拡張 武家集団と商人集団という、互いにきれいな対象をなすプレイヤーの並立と交渉として江戸社会をとらえる視角が拓けてきたので、ゲーム理論の枠組みを援用して、社会のダイナミズムを解明することを試みる。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
天保の改革の精査に必要な資料集である『東京市史稿』が2012年度末に東京都より刊行されるのを待っていたため、前年度に若干の残額が生じた。この残額も含めた次年度予算を以下のように執行する。 上記の推進方策を踏まえ、東京工業大学大学院に所属し、数値解析の技法に長けた理系の大学院生チームを組織して、商人集団の特性データの入力と解析を積極的に推進する。そのために必要な書籍・資料の複写費、グラフを詳細に検討するための大画面のデスクトップパソコン、統計解析ソフトの購入などに次年度の研究費を充当し、最終年度として研究のまとめをおこなう。 江戸以外の地域をも視野に入れるため、国内外への出張旅費も必要となる。
|
Research Products
(1 results)