2012 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
23520896
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Research Institution | University of Yamanashi |
Principal Investigator |
皆川 卓 山梨大学, 教育学研究科(研究院), 准教授 (90456492)
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Keywords | 皇帝封 / 帝国宮内法院 / 皇帝総代理・皇帝代理 / 仲裁と裁判の互換性 / ローマ法による仲裁 / ゴンザーガ諸侯国 / スピノーラ家 / 公的機能の「国際的」分有 |
Research Abstract |
平成24年度は、帝国イタリアを成す神聖ローマ皇帝封の諸国に関する皇帝の関わりに関して、平成23年度に収集した史料および先行文献の分析を進め、更に現地エリート(諸侯・邦属貴族・法学者など)が果たした役割を示す史料の収集およびデータベース作りにも着手した。これまで収集した帝国宮内法院および皇帝総代理・皇帝代理の史料により、少なくとも皇帝封となっているイタリア諸国間の関係を、通説のようにローディ体制の延長として無条件にヨーロッパ諸国家体系(近世ヨーロッパ国際関係)に接続できないことはほぼ明らかになったが、更に諸国間の関係を調整する皇帝代理・総代理の人的ネットワークを明らかにすべく、平成25年3月にはミラノ国立文書館での原史料収集を行った。その過程で判明したことであるが、ドイツの帝国イタリア研究から把握できる状況とは異なって、皇帝の帝国イタリア介入の密度や任用された現地エリートのネットワークは時代的にかなりの差があり、従来の研究が重視する皇帝総代理の役職も、17世紀までは皇帝代理と職掌上の相違はないことが明らかとなった。一方皇帝総代理の人的関係を示す史料は、多くが個人蔵となっていて閲覧が難しいことも判明した。そこでミラノ大学のキットリーニ教授との情報交換に基づき、皇帝総代理の家門を対象とする当初の研究方針を変更し、研究期間内に史料収集の可能な現地エリートで、皇帝代理となった家門の人的関係をデータベース化することとした。これらの家門はミラノ公(スペイン王)の宮廷でのキャリアを持ち、かつ諸侯国の紛争で皇帝代理に任じられたことが判明している。ただ校務のため当初の計画では夏期に予定した原史料調査が年度末にずれ込んだ上、史料の多くはパルマやローマなどにあるとされるため、データベースの内容はミラノからの統治関係の原史料から間接的に判明するものに限られた状態である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2011年度および2012年度の研究により、皇帝封の諸国をヨーロッパ諸国家体系の一部とする旧説に反証を与えることができたが、例証の中心としたゴンザーガ諸侯国については皇帝との関係が特に強く、例外ではないかという批判があった。これを一般化するには人的関係に遡れる他の例が必要不可欠であるが、渡航以前には先行研究以外の情報源が得られず、3月の史料・研究情報収集によって、人的関係研究の主要データを成す家門(スピノーラ)を絞ることができた。現在は収集した史料6600点のデータベースを作成中であるが、この過程で未解明の事実がいくつか明らかになった。 まずゴンザーガ諸侯国などで例の多い帝国宮内法院の裁判に対し、仲裁を中心に活動する皇帝総代理・皇帝代理の場合でも、単なる政治交渉ではなく、一定の法手続を踏み、法律家集団を用いて法学的知識を活用している点である。したがって裁判と仲裁の関係は密接かつ互換的で、境目がはっきりしない。この点はヨーロッパ諸国家体系における仲裁との重要な比較点になる。 また紛争解決のみに関わったとされる皇帝代理が、軍税の徴収など紛争解決以上の政治行為を行ったことも判明した。これは主権国家システムが完全に及ばない中西欧の状況に類似し、行為の背景を調査すれば、ヨーロッパ諸国家体系との相違点が示せるだろう。 更に17世紀末以降の皇帝総代理について、本人に皇帝封が授与されたのは総代理職就任後であることも明らかとなった。これは皇帝総代理が皇帝封保持者の代表的具現ではなく、個々のパトロネージによって任用された官僚的存在であることを意味する。一方17世紀以前の状況については、先述のように焦点を皇帝代理に移したため、詳細は未解明である。選定したスピノーラ家は多角的に活動しているため、その調査を通じて帝国イタリアにおける司法・執行の発動システムを把握し、その特徴を明らかにしうると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
以前の科研費によるデータベースに加え、3月の史料収集により、皇帝総代理および皇帝代理の司法実務についての情報はほぼ完全に把握可能となり、少なくとも皇帝封となっているイタリア諸国間の関係をヨーロッパ諸国家体系の一部と見なすことはできないことが確実になった。しかし人的ネットワークの例として想定した皇帝総代理については、史料の状況から完全なプロソポグラフィを把握することが困難であることが判明したため、代わりに皇帝代理家のそれを作成することに全力を挙げる。例としたスピノーラは本来ジェノヴァの都市門閥であるが、近世にはパルマ、ローマなど多数の分家が封の獲得によって封建領主になっているため、それらの都市での調査が必要となろう。平成23年度の渡航の遅延のため、現在は三度目の調査を本年度に延期した形になっており、早期に渡航調査を行い、データベースの補完を行いたい。この作業は遅くとも秋期には終了させ、皇帝委員の人的ネットワークから、皇帝封諸国間の紛争解決および内政への介入が実現される構造を明らかにする。ただしラシュタット条約(1713年)を境として、皇帝による帝国イタリア諸国の直轄支配が実現し、帝国イタリアがイタリア諸侯国の連合体からハプスブルク世襲領の一部へとその性格を大きく変える。この変化は皇帝総代理の常設化のみならず、史料面でも司法文書から行政文書への移行にも現れている。更に同時期にヨーロッパ諸国家体系自体も質的に変化するとされる。この状況に鑑みて、本研究の下限はラシュタット条約に置き、それ以前の状況を比較しうる説を立てるに留める。なおヨーロッパ諸国家体系と近代主権国家併存体制の異質性もようやく最近指摘された事実であり、その人的ネットワークの研究も緒に就いたばかりであるため、むしろこの研究がヨーロッパ諸国家体系を理解するための材料となるような方向付けを担っていきたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
当初の計画では昨年度二回の渡航により情報収集を終了させる予定であったが、校務のため一回のみにとどまり、それによって生じた残金を今年度の渡航において使用する。渡航可能なのは夏期か秋期の早い段階であるため、それ以前はスピノーラ家を初めとする皇帝委員の家史やその所領の地域史類を購入し、解読を進める。イタリアの図書館の書籍の国際貸与は制度的に整備されておらず、制度が整備されている国々(アメリカ、イギリス、ドイツなど)の図書館には所蔵が少ないため、家史類の購入は不可避である。家史類は部数が少なく、古書が多いため正確な価格を予め見込むのは困難であるが、渡航費用を早めに算定し、予算の許す限りで収集したい。学部再編を終えたため昨年度ほどではないが、今年度も夏期の校務(教育実習委員としての活動)が見込まれるため、時期がピーク時に限定され、高額の航空券を購入することが予測される。そのため航空券に20万円程度は必要と考えられる。また家門史料を所蔵する各都市を訪ね歩くため、その交通費に3万円程度は必要だろう。校務に鑑みて夏期の滞在期間は10日程度が限度であり、それに20万円強を要する。一方デジタル撮影の発達と欧州連合規模の情報公開の流れを受けて、原史料の複写費は低廉となっている(イタリア国内の文書館は一律で一束3ユーロ。一束に含まれる史料の枚数は200~800枚程度)。またデータベースの作成についても、必要なソフトは揃っているため、ブランクメディア類や文具など若干の消耗品を要するのみである。したがって残りの20万円程度が家史を初めとする公刊物購入の費用となる。家史は大部が多く、新書の場合には200ユーロ程度する場合(ゴンザーガ家家史の場合)もあるが、学問的使用に耐える実証主義的な家史は19世紀を超えて遡ることはないため、古書の中では比較的廉価であると考えられる。
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