2011 Fiscal Year Research-status Report
東アフリカ牧畜民の「五感」に基づく世界知覚に関する人類学的研究
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23520980
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Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
河合 香吏 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 准教授 (50293585)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2015-03-31
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Keywords | 東アフリカ / 牧畜民 / 知覚 / 五感 / 環境 / 身の回り世界(Umwelt) / ケニア / ウガンダ |
Research Abstract |
本研究は、東アフリカ牧畜民が、自らの身をおき、行為する現場である「身の回り世界(Umwelt)」としての環境を、いかに全身体的な知覚によって把握しているのかについて、人類学的な視点・方法から解明することを目的とする。人類にはいわゆる「五感」の知覚(感覚)機能が備わっているが、われわれはそれらの統合作業によって、身の回りの事物や事象を取り扱い、また同じ諸知覚をもつ身体的他者と社会的交渉をおこなう。知覚機能の統合性は人類の自然的(進化的)基礎であると同時に文化・社会的な構築でもある。 以上を踏まえて、2011年度には、ケニアのチャムスおよびウガンダのドドスにおいて、60日の海外出張により現地調査を実施した。知覚は非言語的な経験を多分に含んでいるため、言語表現を媒介にして、それを共有したり提示したりすることがきわめて難しい。そのような困難な状況の中で、現地調査においては徹底的に人びとと行動をともにし、彼らと環境(「身のまわり世界」)の経験を共有することに努め、そのようにして得られる「経験の共有」を根拠に、人びとの世界知覚のありようを追った。いっぽう、彼らの生活世界を身体経験と言語表象の統合として分析するための資料として、環境の評価や知覚に関わる語彙などの言説化され得る経験の表出や日常会話、物語などの意味論的分析に耐えうるデータをあわせて収集した。 また、二次資料の収集として、ケニアにおいてはナイロビ大学、ウガンダにおいてはマケレレ大学などの研究機関、および関連省庁機関等において、東アフリカ牧畜諸社会に関する文献資料や自然環境に関する統計資料や地理資料の収集、国内では京都大学で知覚や感覚、認知といった関連テーマに関する文献資料、東アフリカ牧畜民研究者の有する資料や情報を収集したり、日本人類学科会に参加し、情報交換をしたりした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画では、2011年度はケニアのチャムスの現地調査の実施を企図していたが、ウガンダのドドスにおいても現地調査を実施した。これは、本研究の初年度として、まずは複数の社会における比較研究が可能であるのかどうか、また可能であるならばいかなる方法でデータを集め、分析、考察してゆくことが可能であり、有効であるのかの把握がまずは重要であるとの判断による。現地調査では、チャムス、ドドスのいずれの社会においても、人びとと行動をともにすることを第一とし、以下の(1)および(2)の調査項目を中心として集中的にデータ収集をした。その一方でアドリブサンプリングによるデータ収集も積極的におこなった。 (1)J.フォン・ユクスキュルのいう「身の回り世界(Umwelt)」すなわち環境世界の経験を人びとと共有するために、集落内で過ごす時間はもちろん、放牧をはじめ、水汲み、薪採り、訪問などに出かける人びとと徹底的に行動をともにし、作業現場や経由地である個々の場所で、環境が視覚、聴覚、嗅覚、触覚(皮膚感覚)等の知覚的にどのように受けとめられているのかに関して、言説的、非言説的(ジェスチャー、相互行為、身体接触等)データを収集した。(2)知覚に関わる語彙や言語表現、特に知覚動詞をインタビュー/ヒアリングや日常会話から網羅的に集め、知覚に関する語彙を含む慣用句やことわざ、歌、民話、鳥の聞きなし等の言語表象を集めた。さらに、それぞれの語彙が表す意味の広がりを、複数のインフォーマントへのインタビュー/ヒアリングによって把握するとともに、これらの語彙が実際に使われる具体的な会話場面における言説データを集めた。また、それらの語彙が発せられた時の環境の状況をあわせて記録した。 以上の予備的、萌芽的な調査により、知覚という対象の困難さをあらためて認識するいっぽうで、今後の現地調査の方針を立てることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度の予備的、萌芽的調査研究によって得られた知見に則り、これらをより深く、かつ、より広く把握することによって、「五感」に基づく世界知覚の人類学の構築を見据えて、現地調査を実施するとともに、調査により得られたデータの分析および考察を進めていく。 あらたに加える調査項目としては、(1)知覚と内的感情(情動)との関わりあい、および(2)環境の評価に関するデータの収集が挙げられる。前者では、知覚と感情表現との結びつきがある言い回しや慣用句などを具体的な会話場面において収集し、また感情表現はそれ自体としても収集を進めてゆく。後者に関しては自らの身体をおく場所において経験される自然現象を中心にデータを収集する。具体的には、環境や気象観測(観天望気、気温、乾湿度、降雨量、風量や風速や風向、太陽の位置、竜巻、蜃気楼、雷、稲妻、霞、虹など)や沢や川の乾湿の程度や水位や水流、鉄砲水などの測定や記載をし、同時にその場に居合わせた人びとのこれらの現象に対する言説評価をあわせて記録する。また、人びとが身をおく場所、すなわち、屋敷地、広場、放牧地、叢林、草原、湿地、砂地、ぬかるみ、河原、涸れ沢、井戸などの状態が、言語的、非言語的にいかに表現されるのかをつぶさに記録する。上記(1)、(2)ともに、「身の回り世界」の知覚をめぐる会話・言説が中心的なデータとなるが、昨年度の調査項目とともに、意味論的分析に耐えうるデータの収集を目指す。 今後、成果をまとめあげてゆくために、十分な比較検討ができるようにチャムスおよびドドスにおいて偏りなく現地調査を実施してデータを収集し、最終的には「知覚の民族誌」から「知覚の人類学」への理論化を図りたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
研究費は基本的には海外における現地調査のための旅費に使用され、その他国内において、日本アフリカ学会や生態人類学会に参加したり、二次資料の収集のために京都大学アフリカ地域研究資料センターや人文科学研究所などに出張するために使われる。
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Research Products
(1 results)