2012 Fiscal Year Research-status Report
占領と憲法-ラテン・アメリカ諸国、太平洋諸国および日本
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23530036
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Research Institution | Surugadai University |
Principal Investigator |
北原 仁 駿河台大学, 法学部, 教授 (50195278)
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Keywords | 日本国憲法 / 合衆国憲法 / フィリピン憲法 / プエルトリコ憲法 / カリブ海諸国 / 比較憲法 / 憲法判例 |
Research Abstract |
平成24年度は、国際基督教大学のリベラ教授に知遇をえて、同教授にフィリピン憲法史について研究していることを説明した。同教授とは、フィリピン・ケソン市にて再会し、同教授の紹介により、フィリピン大学政治学部ルステリオ=リコ准教授にフィリピンの政教分離を巡る歴史について解説していただいた。リベラ教授からかはフィリピン議会 に関する貴重な図書をいただき、准教授から図書の寄贈を受けた。さらに、フィリピン大学図書館のフィリピン史部門を紹介していただき、同図書館において貴重な文献を複写することができた。 連合国総司令部民間情報局宗教課のアメリカ人職員は、「マッカーサー草案」がフィリピンの組織法と1935年憲法の影響を受けたことを証言している。したがって、アメリカ合衆国支配下のフィリピンにおける1916年の組織法の信教の自由と政教分離原則は、1935年憲法に受け継がれたことがわかる。 ただし、信教の自由は、憲法の「権利章典」の章に記されたが、政教分離は、財政の章に置かれている。この点は、きわめて興味深い。というのは、日本国憲法も、信教の自由と政教分離原則をその第3章の「国民の権利」に書き入れつつも、第7章の財政にも掲げているからである。さらに興味深いことには、この1916年の組織法は、合衆国議会の提案者の名前からジョーンズ法とも呼ばれているが、もう一つジョーンズ法と呼ばれている法律がある。それは、1917年のプエルトリコの組織法である。信教の自由と政教分離原則に関する両組織法の規定は、きわめてよく似ているが、むろん異なる点もある。プエルトリコの組織法は、一部削除されているからである。その文言が「プエルトリコの完全な支配に属さないいかなる人物、団体もしくは共同体に対する慈善、殖産、教育および博愛の目的」という語句である。これは、いわゆる「マッカーサー草案」の規定に酷似している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、フィリピン・ケソン市のフィリピン大学政治学部と大学図書館のフィリピン史部門を訪れ、紹介者の国際基督教大学教授とフィリピン大学政治学部ルステリオ=リコ准教授から直接フィリピンの憲法史、特に政教分離の歴史について研究を深めることができた。その成果の一つとして、「占領と宗教―比較の中の政教分離原則(1)」にまとめることができた。この論では、筆者は、フィリピンの1916年の組織法および1935のフィリピン共和国憲法ばからいでなく、1917年のプエルトリコの組織法の信教自由と政教分離原則の規定が日本国憲法に影響を与えたと推定できると論じた。この点で、従来の学説では指摘されていなかった大きな成果があったもの思う。 しかしながら、フィリピンでの海外調査は今回で初めてであり、図書の分類や検索のシステムが必ずしも十分とは言えず、特に日本軍が実質的に作成したとされる1943年憲法の成立過程については、文献の収集が十分に行うことができなかった。関連文献については、フィリピンのみならず、アメリカ合衆国にも収蔵されている可能性もあり、より広範な調査が必要である。 日本国憲法の成立過程については、いわゆる「押しつけ憲法論」が根強く主張されえいるが、本研究は、この「押しつけ憲法論」を合衆国の憲法原理と国土の膨張・植民地化過程を全体的に把握しようとするものである。特に今年度の研究では、信教の自由と政教分離原則について調査した。今回のフィリピンでの調査研究に加えて、前年度のプエルトリコでの調査研究を踏まえるならば、「マッカーサー草案」の信教の自由と政教分離原則へのフィリピンおよびプエルトリの組織法ならびに憲法の規定との類似性が確認でき、このような研究の視点が重要性と有効性を改めて証明できた。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度のプエルトリコと今年度のフィリピンでの調査研究によって、さまざまな文献を収集し、解読するなかで、日本国憲法の成立過程の特質を把握することによって、日本国憲法をより深く理解することが可能となる。 これまでの研究によって、合衆国憲法とその原理が日本国憲法に大きな影響を与えてきたことは否定できない。本研究は、合衆国憲法とその原理は、カリブ海諸国やフィリピンなどにも決定的な影響を与えてきたことを明らかにすることができた。しかし、そのこと以上に、合衆国憲法と連邦最高裁判所によるその解釈が、これらの国々ばかりでなく、日本の憲法学説にも大きな影響を与えている。 現段階の研究では、上記諸国の憲法書から垣間見えるのは、合衆国連邦裁判所の影響の強さである。特に、信教の自由と政教分離原則は、ヨーロッパ諸国では、その国の歴史を反映してその規定も国により異なる。ヨーロッパ諸国の憲法裁判所も、自国の歴史を反映した政教関係の憲法規定を解釈し、他国の憲法裁判所判例を重視する傾向はない。今後の研究では、日本国憲法における信教の自由を政教分離原則の学説・判例における合衆国連邦最高裁判所の判例の影響とその理由を研究する予定である。 さらに、憲法修正や連邦最高裁判所による憲法解釈の歴史は、合衆国の膨張と植民地獲得の歴史とも重なる。しかしながら、「大日本帝国憲法」下の日本の歴史も、領土の膨張と植民地獲得の歴史であった。日本の憲法史に欠けているのは、このような視点である。今後は、これまでの研究の成果を踏まえてうえで、新たな日本の憲法史を論ずるためにも、カリブ海と太平洋諸国の憲法の成立過程を調査し、研究するつもりである。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
本研究の申請時には、次年度は海外での調査・研究を予定していなかったが、これまでの研究の進捗に伴い、さらなる文献・資料の収集が必要であると考えられるため、次年度においても、海外での調査が必要である。特に、アメリカ合衆国連邦議会図書館には、フィリピン占領時代の資料が保管されていると思われるため、合衆国での調査も考慮している(約40万円)。ただし、今後の調査次第では、フィリピン大学での調査の可能性もありうる。また、アメリカ合衆国およびフィリピンだけでなく、カリブ海諸国や中米諸国を中心とする憲法や宗教に関する外国語の文献資料集費も計上したい(約30万円)。
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