2012 Fiscal Year Research-status Report
生命倫理における死と自己決定権―臓器摘出の推定同意への比較医事法的アプローチ
Project/Area Number |
23530134
|
Research Institution | Fukuoka Institute of Technology |
Principal Investigator |
大河原 良夫 福岡工業大学, 社会環境学部, 教授 (70341469)
|
Keywords | 終末期医療 / 国際情報交換 / フランス |
Research Abstract |
フランスにおける終末期医療の諸相の一つとして、最近の安楽死立法の動向を考察分析し、フランス法の伝統原理との関係で論ずる。フランスは、終末期医療として、延命はしない・痛みを放置しない・安楽死はしないの三原則を打ち立てた2005 年終末期法で、これまでそのデリケートな均衡状態を保ちつつも、「死ぬ権利」(幇助を受けて)の主張が拡がっている。 まず、延命治療・緩和治療・安楽死の法的枠組みを、それぞれ「安楽死」との境界域の曖昧さを分析確認した。そのような法状況の中、2011年1月、上院・社会問題委員会で、それまでに別々に提出されていた安楽死合法化三法案の統合一本化がなされ、それが、上院審議に付された後に、結局否決廃案となった。このように議会(審議)レベルにまで達したのは初めてであり注目すべき事態であった。否決の理由は、逐条審議の議事録を追ってみると、2005年法の不知・運用不徹底、特に現場医療者のそれで、延命措置中止や緩和医療さえいまだ十分に行われていない等々であったことは注意しておかねばならない。また三法案の趣旨説明・逐条審議等で中心的役割を果たしたGodefroy報告は、後続の同種法案のモデルともなり得る可能性がある。この法案について、①患者の「幇助されて死ぬ権利」の法認――主観的権利法の制定、②幇助死を要請できる基準・範囲、③死幇助手続における医師の役割、の検討を行った。 安楽死立法の波が、オランダ(2001)から南下して、ベルギー(2002)、ルクセンブルク(2009)、そしてついにフランス上院(2011)まで迫ってきた。今回の法案は、「生死の決定権は本人にあり、死を早める決定についても妥当する」との前提から立論していたが、フランス法の伝統判例は、「死ぬ権利」主張の本質的原理をすでに輸血拒否判例においてその共通性を見抜き、否定していることを指摘しておかねばならないであろう。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、生命倫理における<死>の問題における二つの重大局面、すなわち、自己決定を分析概念として、①移植医療における臓器摘出・提供(同意推定法)と②生命終期における治療中止と安楽死の問題(終末期法制とその周辺)をその双方に目配りしつつ、わが国に先行してこれらの問題処理を行ったフランス1976年臓器摘出法や2005年末期患者権利法の検討分析と、その実際の運用状況を丹念に辿る基礎的作業を行うものであった。 これまで、上記①臓器摘出の推定同意法の本格的研究の準備作業として、わが国の改正臓器移植法とフランス臓器移植法におけるopt-out方式の問題点の比較法的考察は行なっている。この生命倫理法制領域での展開も、臓器不足のなか、これへの対応としての臓器交差提供(le don croisé d'organes)の導入などに見られるように、生命倫理法の改正展開はその動向をやめることはないが(これはまた次の研究課題として維持したまま)、現段階の研究重点は、次の②の問題局面に移っている。ここでは、フランス上院での積極的安楽死法案の廃案以来、終末期医療法制の周辺をめぐる議論がきわめて盛んに動いている(後述するが、急転直下、幇助自殺を認める方向でのもっとも最近の動きがあり、見逃すことができない急展開も呈してきている)。その積極的安楽死法が上院・委員会を通過し可決寸前までの展開の跡づけ作業は、昨年、問題が多岐にわたり急速に進展している中で、活字とするには至らなかったが、本年はこの課題を達成することができ、生命終期の研究推進の過程において、概ね順調に進んでいるといえよう。
|
Strategy for Future Research Activity |
本年度は、前年度の研究を承けて、生命終期における治療中止(終末期法制)と、その周辺としての安楽死及びその周辺(特に持続的深いsedationと安楽死の境界)の研究を推進する。 フランスにおいては、終末期医療法制の周辺をめぐる議論が、まさに風雲急を告げている。安楽死は認めないが、急転直下、幇助自殺を認める方向での最近の動きは急であり、目を離せない展開になっている。この動きの発端は、直接には、先の大統領選挙に遡り、オランド新大統領が、シカール教授(前国家倫理委員会会長)にこの問題を諮問したことに始まり、昨12月その報告書が提出された。そこでは、終末期法の不知と適用不徹底、事前指示書、ターミナル・セデーション、積極的安楽死の新法への組込み拒否等が議論されたが、幇助自殺については考慮の余地ありとの立場を表明した。この報告書が、終末期論議を再燃させたのである。そしてこの5月には、法案提出前の最終段階である上記国家倫理委員会の答申も予定されており、6月には新法案提出が日程に上っている。 このような事実の世界の動きは、これまでのフランス法の伝統原理(判例)を見直す方向を含んでいるだけに、その行方は丹念に跡づけねばならない。ただ、法の世界でも、立法において、2005年終末期法が、消極的安楽死(延命治療の中止)、間接的安楽死(二重効果的治療の容認)を導入したときに、すでに安楽死の一角は崩されていたのであろう。 終末期においては、あるいはそうでなくとも意識がないときなどは、同意の限界ないし免除・省略の法理が働き、それぞれの場合における最善利益の社会的決定、終末期法では、医師による協働決定プロセスの問題に議論の重点は移るのである。法理論的には、これらの問題は、古典的な問題に対する対応と新たな問題への対応とが含まれる(この点臓器摘出の場合と同様である)が、このような研究課題の遂行を予定している。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
本申請研究は、立法・判例・学説等の実証的研究(文献研究)であるため、その研究目的を達成するため、とりわけ最新文献資料・データなどの関係基礎文献の収集・閲覧・充実など文献調査が、何よりも必要不可欠である。前述した研究課題の遂行・深化の必要上、本年度の研究費も、そうした文献研究を基礎づけ・肉づける現地調査のための外国出張に充てられる計画である。 上述したように、終末期医療法制とその周辺をめぐる議論は、現地フランスで、思わぬほどの急展開を呈しており、風雲急を告げているだけに、今後も引き続き、学会(医学・法学・生命倫理学等)・言論界において、その文献の出版状況は質量ともに膨大となろう。すでに、終末期セデーションについて、関係公的機関の出す報告書(提言・勧告・答申等々)だけでも相当数にのぼっているのが現状である。これに、前記のシカール報告書が加わって、それへの賛否の文献が相次いでいる。その中から、最新で質の高い文献を探し求めなければならない。 現地検索すべきは、2002年患者権利法及び2005年末期患者権利法(終末期法)の実施状況とその総括に関する文献が中心であり、1976年来の臓器摘出法制(推定同意システム)関係も視野にある。 文献調査・収集・閲覧にあたっては、事前に、目星をつけた関係文献の蔵書・所在を問い合わせ確認しておいた、パリ大学各図書館等において、法学関係はCujas、医学関係はDescartes、哲学倫理学はSorbonne、国立等の各図書館BNF等において、これを行い、国内では入手できないフランス医学関係誌、医事法・生命倫理学・哲学雑誌・判例集・議事録等々を実際に手にとって現地の最新情報を収集・閲覧する。また現地では、外国法・比較法研究のため、現地研究者からの専門知識・資料の提供、及び、意見・情報交換収集等も行ない、併せて関係コロークへ参加も行えるような計画である。
|