2011 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
23530235
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
若森 章孝 関西大学, 経済学部, 教授 (60067725)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | フレキシキュリティ / 移動的労働市場 / アクティベーション / 機能的柔軟性 / 欧州雇用戦略 / デンマーク・モデル |
Research Abstract |
2008秋のアメリカ金融危機の影響を受けて、欧州は長期的な経済不況と債務危機に直面している。2007年にEU労働市場政策の中心的戦略として採択されたフレキシキュリティ(柔軟性・保障性)はこの欧州経済危機のもとで、その有効性を問われることとなった。2009年以降、研究者、政策立案者を中心に、フレキシキュリティをめぐる議論が再び活発になっている。平成23年度の研究は、フレキシキュリティ研究がいわば第2段階に入ったという認識に基づいて、フレキシキュリティの多様性、デンマークモデルの独自性、フレキシキュリティの概念または中心的要素について共同研究を進めた。 本研究は第1に、経済危機に対して、フレキシキュリティの5つのタイプ(北欧型、大陸欧州型、南欧型、東欧型、アングロサクソン型)がどのように反応したかを比較した。2008年秋の以前と以後の失業率の変化を比較すると、ドイツなどの大陸欧州型の失業率の上昇が最も低くなっている。解雇規制の緩和と手厚い失業手当の補完関係を特徴とするデンマークは南欧やイギリスに比べればましであるが、失業率はかなり上昇している。経済危機においては、外的柔軟性(解雇)を重視するデンマーク・モデルよりも、内的柔軟性(時間短縮などによる雇用保障の維持)を重視する大陸タイプのフレキシキュリティの方が有効であることが明らかになった。 第2に、デンマーク・モデルの特徴について再検討した結果、デンマーク・モデルはマッセンが主張するように、解雇規制の緩和と手厚い失業手当の軸的関係を積極的労働市場政策が補助するような三角形ではなく、積極的労働市場政策を不可欠な重要な一辺とする三角形として理解する必要があることが明らかになった。不況において、長期的な視点に立つ人的資源投資(生涯教育、失業者の職業訓練)が後退するならば、デンマーク・モデルは衰退すると危惧される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2008年秋以後の欧州経済危機という文脈において、EUの雇用政策の課題、フレキシキュリティの多様性とその比較、デンマーク・モデルの独自性と有効性、労働市場政策と福祉国家再編との関連についての研究を推し進めることができた。 第1に、失業率の上昇と非正規雇用の増大をもたらした現在の経済危機は、2007年に採択されたEUの「フレキシキュリティ共通原則」の実施が、雇用主が求める柔軟性と労働者が求める保障性をともに達成するものではなく、柔軟性の達成に偏向したものであることを明るみに出した。欧州雇用政策は、雇用・所得・技能訓練の面で保障性を高める必要がある。 第2に、経済危機がフレキシキュリティの多様性に与えた影響を明らかにした。経済危機は、高い柔軟性と低い保障性の諸国(イギリス、アイルランド)および低い柔軟性と高い保障性の南欧諸国(スペイン、イタリア、ギリシャ)に深刻な影響を与えたが、高い柔軟性と高い保障性の諸国(デンマーク)や低い柔軟性と高い保障性の大陸欧州諸国(ドイツ)にはそれほど大きな影響を与えていない。とくに、大陸欧州モデルの危機への対応はデンマーク・モデルを上回っている。ドイツが好調なのは、欧州委員会が軽視している機能的柔軟性(時短による雇用調整の回避についての労使合意)が高いためである。 第3に、移動的労働市場アプローチが、非正規雇用と低技能労働者の増加をともなう労働市場における保障性を高めるための政策として有効性であることを明らかにした。非正規雇用を正規雇用に移動させる「橋」、失業者を労働市場に移動させる「橋」を含む5つの橋を労働市場に制度化することで、柔軟性と保障性は高いレベルで均衡すると予想される。
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Strategy for Future Research Activity |
欧州経済危機がフレキシキュリティの概念(政策理念)と構成要素、制度措置の再検討を要請していることから、今後の研究を以下のように推進する。 第1に、フレキシキュリティのデンマーク・モデルが危機においていかに機能しているか、その長所と弱点をリアルタイムで確認しながら、このモデルの特殊性と普遍性を明らかにする。 第2に、危機において良好なパフォーマンスを示しているドイツ、オーストリアのフレキシキュリティの特徴を究明し、このモデルとデンマーク・モデルを比較する。 第3に、EUの「フレキシキュリティの共通原則」の4つの要素、すなわち、柔軟な雇用契約、包括的生涯教育、積極的労働市場政策、現代的社会保障制度を批判的に検討し、付け加えられるべき保障性の要素を明らかにする。 第4に、フランス、ドイツ、オーストリア、デンマーク、オランダ、スウェーデン、日本の労働市場の実情に即して、2つの労働市場政策、フレキシキュリティ戦略と移動労働市場アプローチとの有効な接合について研究する。 第5に、以上の4つの研究の方策を推進するうえで、フレキシキュリティの代表的な研究者、マッセン(デンマーク)、ヴィルトハーゲン(オランダ)、および移動的労働市場の研究者、ガジエール(フランス)、シュミッド(ドイツ)との情報交流を推し進める。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
第1に、引き続いて、フランス、ドイツ、オーストリア、デンマーク、オランダ、スウェーデン、イギリスを中心として、経済危機における労働市場改革および、失業および非正規雇用への対策を追跡し、フレキシキュリティの多様性および、労働市場と福祉国家との連関を明らかにする。具体的には、ベルリンの社会科学研究所、デンマークのオールボーー大学を訪問し、専門の研究者と研究情報を交換するとともに、データと資料を収集する。 第2に、フレキシキュリティ研究会を年度内に2回開催し、「EUの労働市場改革の現在と課題」、「日本の労働市場改革とフレキシキュリティ」について検討する。具体的には、11月(福島大学)と2月(立命館大学)を予定している。研究会には、講師として専門的研究者を招くことを計画している。 第3に、フレキシキュリティと移動的労働市場アプローチに関する内外の研究文献のデータベースを構築する作業を継続的に推し進め、適時、若森のHPで公表する。 第4に、研究代表者(若森)が9月開催の経済理論学会全国大会において、研究成果の中間的総括を「EU労働市場改革の現在と新しい国家の役割」と題して報告する。
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