2013 Fiscal Year Research-status Report
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23530235
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
若森 章孝 関西大学, 経済学部, 教授 (60067725)
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Keywords | フレキシキュリティ / 移動的労働市場 / デンマーク・モデル / 積極的労働市場政策 / 欧州経済危機 / 保護された移動 / アクティベーション / ワークフェア |
Research Abstract |
第1に、長期化する欧州経済危機がフレキシキュリティの多様性によって識別される各国の労働市場にどのように影響を与えているか、について調査した。経済危機は労働市場のタイプごとに異なる影響を与えている。失業率の上昇、とくに若年失業率の上昇の指標からみると、労働市場に与えた経済危機の影響は、高い柔軟性と相対的に低い保障性を特徴とするアングロサクソン諸国、低い柔軟性と中程度の保障性を特徴とする南欧諸国、相対的に高い柔軟性と低い保障性を特徴とする東欧諸国において深刻である。高い柔軟性と高い保障性を特徴とし、EUのフレキシキュリティ戦略のモデルとなってきた北欧諸国も高い失業率の上昇に見舞われた。これにたいして、低い柔軟性と高い保障性(強い解雇規制)によって特徴づけられる大陸欧州諸国は失業率の上昇がEUで一番低く、ドイツの失業率は減少に転じている。 第2に、欧州経済危機においてデンマーク・モデルよりもドイツのような大陸欧州型のモデルが高い経済成果を示していることは、EUの雇用戦略の機軸としてのフレキシキュリティ政策の唯一の到達目標がデンマーク・モデルであってはならないことを示唆している。雇用の安定に基づく労働時間の短縮(操業短借などの内的数量的柔軟性)や柔軟な労働編成(内的機能的柔軟性)の発揮・活用も、フレキシキュリティ政策の重要な要素である。その他にも、フレキシキュリティを構成する、柔軟性と保障性の諸要素のうちには効果的な組み合わせが発見できると予想される。 第3に、欧州員会が「フレキシキュリティの共通原則」(2007年)において提唱したフレキシキュリティの基本政策の問題と限界を明らかにした。積極的労働市場政策と生涯学習、社会保障改革によって、同職保障から職の移動による「雇用保障」を目指すこの基本政策は、実際には保障性を伴わない柔軟性(非正規雇用)を増加させているだけである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
第1に、EUにおけるフレキシキュリティの多様性を明らかにするとともに、デンマーク・モデルの一般性と特殊性を解明した。柔軟な労働市場、手厚い失業保険制度、積極的労働市場政策という3要素の「黄金の三角形」によって構成されるデンマーク・モデルは、柔軟性の高い労働市場が高水準の福祉国家と一体的で補完関係にあること、内部労働市場の小さな中小企業が多数存在していることが背景になって、労使の間で高い外的柔軟性(解雇の容易さ)と手厚い失業手当との取引が生まれたこと、という2つの点で特殊的である。このモデルそのままでは、日本のような大企業の多い国や低福祉国家には移植することができない。他方、デンマーク・モデルは、社会及び産業レベルでの職業訓練への投資、企業による内的機能的柔軟性の利用、労使対話などがフレキシキュリティの水準を高めるのに効果的であるという普遍性をも示しており、この点では各国の労働市場改革に参照基準を提供している。このようにデンマーク・モデルは、特殊性と普遍性を有している。 第2に、これまでの研究によって、フレキシキュリティの政策理念とその政策的有効性を発展させるためには、欧州員会のフレキシキュリティの基本政策のみならず、デンマーク・モデルの特殊性をも乗り越え、柔軟性と保障性の多様な次元とその諸要素の補完的関係の研究の必要であることが明らかになった。雇用、教育・訓練、家庭(育児、介護)、失業、退職・障がいという5つの領域間の移動の制度化によって、柔軟性と保障性の多次元的な補完関係を生み出す労働市場改革を提唱する移動適しているが、労働市場アプローチがフレキシキュリティの理念を実現するための方法であることも明らかにできた。
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Strategy for Future Research Activity |
第1に、柔軟性と保障性のそれぞれの程度を基準にしてフレキシキュリティの多様性を識別するだけでは不十分であり、各国において柔軟性と保障性はどのように制度補完的関係にあるかを分析し、さらに各国がいかに制度改革を通して柔軟性と補完性をより高い水準で統合しようとしていているかについて、研究対象国を広げて研究することが必要である。例えば、高い保障性と低い保障性を特徴とする大陸欧州型のなかで、オーストリアでは、信頼に基づく労使交渉を通して柔軟性と保障性の新しい補完性が生まれているし、フランスでは、職業保障という独自な政策理念に基づいて、柔軟性と保障性の現代化が模索されている。 第2に、グローバル化と新自由主義的労働市場改革が進行する下で、EUを含めてすべての国において、保障性が犠牲にされて柔軟性が著しく拡大している。日本でも、フレキシキュリティの導入という掛け声に従って、解雇規制の緩和や雇用形態の多様化が進んでいる。このような雇用環境のもとでは、とくに若年の非正規雇用者を対象とした保障性の制度的拡大(所得保障や技能訓練のための投資)が必要である。今後のフレキシキュリティ研究は、焦点を非正規雇用に当てる必要がある。 第3に、EUで生まれたフレキシキュリティ政策が企業単位で雇用の保障と技能訓練がおこなわれてきた日本の労働市場改革にいかなるヒントを与えてるか、ということが研究される必要がある。最近の日本では、企業が正規雇用を削減した結果、雇用と技能訓練の保障性から排除された非正規雇用が著しく増加した。企業単位での柔軟性と保障性の調整が困難になっている日本の労働市場改革は、EU各国の経験に学んで独自のフレキシキュリティ政策を考案する必要があるが、その場合、移動的労働市場アプローチが最も参考になると考えられる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成25年度の研究成果を進化経済学会の研究部会「制度と統治」で報告する予定であったが、共同研究のとりまとめに部分的な遅れが生じ報告の時期を延期したために、未使用額が生じた。 未使用額は次年度の「制度と統治」部会において研究成果を発表する際に必要な経費に支出する。
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Research Products
(3 results)