2011 Fiscal Year Research-status Report
経済体制論争の史的展開とポスト社会主義時代の対立構造
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23530245
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Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
森岡 真史 立命館大学, 国際関係学部, 教授 (50257812)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 社会主義 / ソ連 / 経済体制論 / 規範 / 生存と発達の権利 / 労働義務 / 私的所有 / 自由市場 |
Research Abstract |
社会主義の歴史的展開について,(1)近代社会主義が,生存と発達の権利,労働義務,共同統治,生産の効率的組織,という4つの規範(望ましさの基準)に立脚して既存の社会の変革をめざす思想として出発し,これらの規範の実現に資本主義の廃絶が必要と考えるか否かによって,改革的潮流と革命的潮流に分岐したこと,(2)革命的社会主義において支配的となったマルクス主義が,その歴史決定論と自由意志論の二重構造のうちに,プロレタリア革命の実現への献身に最高の価値を認める独自の正義論を内包しており,レーニンはそこから,革命の勝利と革命権力の維持・強化のためにはあらゆる闘争手段が許されるという徹底した反規範主義を導いたこと,(3)ソ連社会の形成においては,私的所有と自由市場の機能についての革命的社会主義者の誤った認識とともに,レーニン主義の反規範主義的側面や,旧有産者による強制労という形での労働義務規範の執拗な追求が大きな役割を演じたこと,を明らかにした。 また,革命的社会主義を経済体制として実現する最初の試みの失敗(経済的破綻と民衆の激しい抵抗)から生じた,ソ連のネップ期経済の特質と歴史的性格について,同時代の亡命ロシア人経済学者ボリス・ブルツクスが行った考察を再構成し,それが,(1)ネップは民衆が大きな犠牲を払ってソヴェト権力から勝ち取った譲歩であるという評価,(2)資本主義的要素の抑圧を伴った商品-貨幣関係の発展という特徴づけ,(3)国民経済,とりわけ農工間関係の組織者としての私的商業の役割への注目,(4)計画の内的矛盾の指摘にとどまらない,計画原理の貫徹自体のもつ危険性の強調,(5)不足の慢性化と抑圧されたインフレーションの機構の分析,(6)ネップ期の経済政策において非党員知識人がはたした役割の正当な評価,などの点で,きわめてすぐれた先駆的貢献であることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成23年度の研究においては,近代社会主義による資本主義批判が,どのような規範的立場に基づくものであったか,またそのことが,革命的社会主義の思想と運動,とりわけロシア十月革命に代表される社会主義革命と社会主義体制の展開にいかなる影響を及ぼしたのか,という重要な基本的問題について,思想と歴史の両面から研究を進展させることができた。革命的社会主義による私的所有と自由市場の否定が,一方ではそれらの制度の機能についての実証的認識(市場や商業は迂回的で不効率な資源配分方法であるという誤った理解)に,他方ではそれらの制度の規範的評価(労働せず財産所得を取得することは道徳的に許されないとする立場)に由来するという理解は,本課題の研究を進めていくうえで,きわめて大きな意味をもつと思われる。 しかし,革命的社会主義の理論において,実証的批判と規範的批判はたんに並列していただけでなく,いわば有機的に結合していた。この結合のあり方をより立ち入って省察することは,課題として残されている。また,生存と発達の権利や,労働義務という,社会主義を特徴づける規範についても,それらの起源と展開の思想史的観点からの特徴づけは十分には行えていない。平成24年度以降の研究では,これらの点を意識しつつ,経済体制論争における実証的側面と規範的側面の複合的関係を,この論争自体およびソ連社会主義の歴史的展開や,ソ連崩壊後の望ましい経済体制をめぐる対立の構図に照らしつつ解明する作業に取り組むことを予定している。以上が,本課題の進行を「おおむね順調」とした理由である。
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Strategy for Future Research Activity |
平成24年度においては,第一に,経済体制論争の史的展開,とりわけ,十月革命とソ連の形成・発展の時期におけるそれを,亡命ロシア人経済学者ボリス・ブルツスク(1874-1938)の貢献に焦点をあてる形で整理する。ブルツクスは,1920-30年代に,十月革命とソヴェト社会主義経済についてきわめて興味深い議論を展開した。第二次大戦後には長く忘れられた存在となっていたが,ソ連崩壊の直前から再評価が進んでいる。ブルツクスの議論を体系的に再構成し,1920-30年代の資本主義と社会主義をめぐる思想的・社会科学的論争の中に位置づけることによって,経済体制論の展開をめぐる従来の議論における,大きな空白を埋めることができるであろう。その成果は,本年度中に『ボリス・ブルツクスの生涯と思想』として刊行する予定である。 第二に,経済体制をめぐる対立の構図が,ソ連崩壊と冷戦終焉以降に,どのように変化したかという問題についての研究に着手する。1970年代以降の新自由主義(自由放任主義あるいはリバタリアニズム)の台頭をめぐる対抗においても,実証的議論と規範的議論が交錯している。この交錯をときほぐし,異なった立場を唱える人々の間の真の対立の所在を明確にすることなしに,望ましい社会の探求や変革構想の提起を生産的なものとすることはできない。しかし,社会科学においては,全く新しい思想が突如出現することはほとんどない。現代における実証的・規範的対立の多くの部分は,それ以前の時代にすでに(少なくとも)萌芽として存在している。それゆえ,この課題に取り組む場合にも,歴史的研究との往復作業が,したがってそのための資料の収集が不可欠である。この作業を通じて,現在における経済体制論をめぐる対立構図の把握を試みる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
研究費は資料収集・学会発表のための出張,図書の購入,研究遂行に必要な機器・消耗品購入,資料読み取りなどの専門的知識の提供などに充当する。 なお,平成23年度においては複数回の海外出張を予定していたが,1回目の出張によってその時点で必要としていた資料を入手できたため,2回目の出張は行わず,研究費に残額が生じた。平成24年度については,入手すべき資料の範囲を拡大した上で,平成23年度に取りやめた分の出張を行う実施する予定である。
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