2011 Fiscal Year Research-status Report
失業対策としての公的雇用政策の原理と実態ーー戦間期の日欧各国比較
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23530405
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
加瀬 和俊 東京大学, 社会科学研究所, 教授 (20092588)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 失業登録 / 失業救済事業 / 公共土木事業 / 公的雇用政策 / 職業紹介所 / 国際労働機関 / ケインズ政策 |
Research Abstract |
戦前日本の失業救済事業(1925年~30年代)の特徴を確定するために、歴史的比較と国際的比較を行うことが本研究の課題である。歴史的比較としては、失業救済事業が開始される以前の就労機会付与策(江戸時代の人足寄場、明治・大正時代の災害復旧策等における罹災者の雇用等)や、戦後の失業対策事業との比較を行い、戦間期の失業救済事業が財政政策面でも、就労者採用面でも、他の時期とは異なる独特のものであったことを、事業に関わる諸制度の推移や事業規模・就労者等に関する統計を通じて実証的に確認しつつある。 他方、国際比較については、大恐慌に対する1930年代の各国の失業救済事業についての制度面・実績面からの研究を進めた。その結果、行政機関自体による事業の実態報告を含めた研究蓄積の多いアメリカのニューデイール政策についてはかなりの程度、実態が明らかにできたといえるのに対して、その他の諸国の実情については、適切な先行研究が存在しない国も多く、制度・統計両面において、その実態把握の課題がなおかなり残されている。 現在の日本および諸外国の制度との比較については、「福祉から労働へ」という今日の福祉国家の政策再編の流れの中で、失業者への就労機会の付与策が先進諸国において重視されている事実に鑑み、就業機会付与策の日本および諸外国における現状と問題点について分析を継続中である。この場合、一部に事務職等の就労機会付与がなされたとはいえ、大半が土木作業関係職の提供であった戦前と、事務職の就労機会の提供がむしろ主流を占めている戦後という産業構造・就業構造の変化に対応した提供就労機会の相違の意義について、経済学的・社会学的な考察を進めている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2011年度においては、以下の作業を中心に実施した。第一に、日本の失業救済事業の具体的内容を深めた。これは申請者の従来の作業の調査領域を拡張することを主たる内容としたが、失業救済事業を大規模に実施した主要都市の事業の実情に関わる行政的資料や、工事中の地元の様子や就労者によって引き起こされた労働争議等の情報も含む各地域の地方新聞の記事等を収集し、具体的な事例の意味を考察した。第二に、日本の戦後の失業対策事業については、制度の推移を跡付けるとともに、関連統計を網羅的に収集・整理することを行った。また、失業対策事業に従事した経験者のヒアリングを行い、西日本地域において失業対策事業の従事者の多くが同和地区の居住者であり、同和行政と失業対策行政とが密接に結びついていたといった事情を含めて、地域差をともなう事業の実態について知見を深める事実を整理することができた。第三に、主要先進国の失業者統計、失業救済事業関係の統計を整理し、相互に比較可能にする作業を進めた。この点ではアメリカのニューデイール関係については比較的詳細な統計が得られたのに対して、その他の国々の統計で得られたものは概括的なものか、個別事例的なものが中心であり、アメリカ、日本と比較可能な精度には未だ達していない。第四に、今日における就労機会付与政策については、日本のそれについては各県・市町村のホームページ等に相当に詳細な情報が掲載されているので、それらの整理を進めた。この点ではNPO法人等による雇用に対する行政的支援策等の実情把握が課題として残っている。外国のそれについては、制度的な仕組みを整理しつつある段階である。
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Strategy for Future Research Activity |
新年度の研究課題は以下のように予定している。第一に、失業救済事業をめぐる論争史を跡付け、争点となった論点、それをめぐる利害状況を明らかにする。このため失業救済事業を実施した国および地方自治体の議会における財政支出をめぐる議論、失業者団体の救済要求運動の実際、事業の拡張に慎重であった財界団体の意向などを示す資料を可能な限り収集し、分析したい。この際、実際に提供される仕事の選択が前職や学歴と対応するように配慮されていたのか否か、住居と作業地の関係(労働キャンプ方式が採用されたか等)についての配慮等が、論争の中でどのように取り上げられていたのかを重視したい。 第二に、公的雇用事業の対象となる失業者の属性について分析する。戦前日本のそれは、不熟練の日雇労働者層、特に不景気の時期に農村から都市に流入して安定的な就業機会を持てなかった農家二三男層と、植民地朝鮮から日本に渡航した若年男子が中心であったが、戦後の失業対策事業では不熟練・日雇労働者という点では共通しているが、朝鮮人の就労は実質的になくなり、代わって同和地区の就労者が増加するとともに、女子・高齢者の比重が高まっていったことが指摘されている。こうした点について、地域ごとに個性をもった実態を明らかにするとともに、その根拠についても検討したい。国際比較の面では、救済対象が日雇労働者に限定され、実質的に貧困者の暴動抑止を目的とした治安対策で場合と、失業保険制度と補完関係を持って失業者の生活を支える生活保護ないし職業行政の色彩が強かった場合とを二つの類型として、各国の制度の性格付けを行いたい。 第三に、前年度の課題で十分に資料発掘が進まなかった領域について補充的に作業を進める予定である。具体的には、中央と地方の労働行政関係官庁、財務関係官庁統計の雑誌等を資料として、制度の実態を把握し、統計を収集する作業を継続する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
上記の課題を達成するために、下記の諸用途の支出を予定している。文献の収集については、本研究に関連する研究書、報告書、資料集等を、現在の雇用政策に関わるものも含めて引き続き収集する。特に、地方自治体史、重要な工事の記念誌、労働組合史等の中に関連する記述があり得るので、それらを幅広く閲覧し、必要な場合にはそれを入手したい。新たに購入することができない行政文書、新聞・雑誌記事等については複写(および資料整理の便宜のための製本)を行う。文書館あるいは行政機関に保存されている失業救済事業=就労機会提供策を中心とした雇用政策に関わる資料、失業者の生活・労働・求職要望運動等の実態を記録した資料類等を閲覧するために、日本国内および外国での調査のための旅費を予定している。このうち日本での資料については、これまでのところ文書館に収録されている行政文書類の閲覧に限定されていたので、文書館に移管されることなく都道府県・市町村の内部にそのまま残されている資料の閲覧が必要になる場合があり得ると予想される。 上記の様々な作業を行う際に、資料整理、図表の作成等の作業を効率的に進めるために、若干の作業補助者をお願いする予定である。
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