2012 Fiscal Year Research-status Report
近世金融市場における私的統治と公的統治―「大名貸」の比較制度分析―
Project/Area Number |
23530408
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
高槻 泰郎 神戸大学, 経済経営研究所, 准教授 (70583798)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
中林 真幸 東京大学, 社会科学研究所, 准教授 (60302676)
結城 武延 秀明大学, 人文社会・教育科学系, 助教 (80613679)
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Keywords | 国際研究者交流 |
Research Abstract |
本研究は、徳川時代に形成された大名と大坂両替商との間の関係的融資慣行について、鴻池屋善右衛門の史料を主として利用し、その実態を明らかにすることを目的とするものである。今年度は、研究代表者を中心に史料の解読を進め、合計6回の研究会を東京大学社会科学研究所にて開催し、研究成果を分担者2名と共有し、その解釈の妥当性について討論を行った。その成果を以下にまとめる。 近世大名が当時最大の資金調達市場であった大坂で資金調達を行う方法は大別すれば3つある。第一に短期財務証券として米切手を発行すること、第二に特定の両替商と融資契約を結ぶこと、第三に江戸幕府の公的保証の下に指定両替商から借入を行うこと、の3つである。今年度は、これら総合の関係を一貫した論理で説明することに注力して研究を進め、2つの成果を得た。 第一の成果は、これら3つの資金調達経路について、江戸幕府がそれぞれ異なる司法態度を示していたことを明らかにしたことである。具体的には米切手の財産権は強く保護した一方で、第二の私的な融資契約については、債権保護を加えず、第三の政策金融については、ケースに応じて裁量的な対応をとっていたのである。 江戸幕府は、債権保護の重要性を強く認識していた。そうであればこそ、米切手の財産権を強く保護したのであるが、一方で、あまり債権者保護に偏ってしまうと、大名の資金繰りを悪化させ、幕藩間の緊張を惹起しかねない。そこで私的貸付については当事者間の交渉に委ね、政策金融については、債権者と債務者の状況を見極めつつ、どちらの保護を強く示すべきかを、時宜に応じて判断していたのである。こうした江戸幕府の裁量的な対応を明らかにしたことが第二の成果である。 この成果の一部を公表した研究代表者の単著書籍が「第55回日経・経済図書文化賞」を受賞した。また研究代表者は歴史学研究会大会において、上記成果を報告した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初は、複数の大名について、それぞれが個別両替商との間に結んだ債権債務関係について、横断的分析を加えることを目標としていたが、土佐藩、福井藩、熊本藩に分析が集中してしまった。これは率直に言って当初の計画と齟齬することであった。 しかし、これら3藩に限定して、研究時間を集中的に投下した結果、大坂金融市場全体の構造に対する理解が深まり、大名・商人・幕府、それぞれが直面していた課題を明確に整理、抽出することができたことは大きな達成であったと考えている。いたずらに分析対象と広げるよりも、結果的には望ましい選択をしたことになったと考えている。 2年度目にして、全体的な見取り図を得たことは、最終年度にさらに微視的観察を進める上で重要な指針を得たことを意味する。全体的な構造を踏まえつつ、個々の債権債務関係を位置づけ、観察していくことで、本研究プロジェクトが本来見出したかった実態を、より立体的に明らかにすることができると期待される。 また、幸運にも、初年度に大同生命保険株式会社が所蔵してきた約2500点の史料群が、同社創立110周年記念事業の一環として、大阪大学経済史・経営史資料室に寄託されることになったことを受け、この整理が今年度に大幅に進捗したことも大きな成果であった。 大同生命は、その前身が大坂両替商の加島屋久右衛門に当たる。加島屋は、大坂において鴻池屋善右衛門と並び立つ大両替商であり、大名貸に関わる史料も多数残されている。この整理が順調に進み、目録の作成までこぎつけたことは大きな達成であった。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度に引き続き、「鴻池善右衛門家文書」を駆使して、鴻池屋善右衛門と個別大名との融資契約の分析を進めていくことが第一の柱となる。第二の柱は、初年度に新たに発見された「大同生命保険旧蔵資料(仮称)」を用いて、大坂両替商・加島屋久右衛門と個別大名との融資契約の分析を進めていくことである。 前者について、分析対象大名を、土佐藩、越前藩、熊本藩に限定していたが、より網羅的に分析を進め、大名間の比較を行うことが課題となる。後者については、資料の分析もさることながら、資料の公開に向けた準備を進める必要がある。具体的には資料目録の整備と、資料解題の執筆である。この作業は、今年度で概ね完了しており、その過程で資料読解が大幅に進んでいる。内容を読むことなしに、資料目録も資料解題も作れないからである。最終年度は、この作業を踏まえた上で、直ちに分析に取りかかることができると判断している。 以上の作業を踏まえ、本研究プロジェクトの成果を、国内外の学会において報告し、学術雑誌に論文として投稿することが最終年度の目標となる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
最終年度に交付申請する金額は500,000円であり、これに加えて今年度から繰り越す金額は31,679円である。この合計額、531,679円の内、今年度は、消耗品費に20,000円、人件費に160,000円、国内旅費に181,679円、海外旅費に150,000円、その他費目に20,000円を割り当てる予定である。 消耗品としては記録メディア(HDD)を想定している。これは資料画像の整理・保管に不可欠の経費である。人件費・謝金としては、資料整理の補助作業員の雇用に伴って発生するものである。資料調査によって撮影した画像や、入力したデータ類の整理・加工を補助してもらうことが、ここでの眼目である。 国内旅費は、国内資料所蔵機関(公益財団法人三井文庫、国文学研究資料館など)への調査旅費、国内学会・国内研究会での研究報告旅費を想定して計上している。最終年度とはいえ、資料実物の閲覧、撮影は不可欠であり、また最終年度であるからこそ、研究成果報告のための旅費は確保しておく必要がある。 海外旅費は国際学会での報告を想定している。具体的には2013年6月18日からハワイ大学にて開催される、World Clio Congressにおいて、研究代表者が報告することを想定している(報告は採択済み)。 その他経費としては、研究会での報告資料の印刷代、文献複写代などを想定している。
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