2011 Fiscal Year Research-status Report
行為実行とその観察が健忘患者のメタ認知の改善に及ぼす効果に関する基礎的研究
Project/Area Number |
23530879
|
Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
野村 幸正 関西大学, 文学部, 教授 (30113137)
|
Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
|
Keywords | 行為 / 健忘症 / メタ認知 / 内部観測 / 実行 |
Research Abstract |
交通事故等で脳を損傷し記憶障害を呈した場合、その機能を回復することは難しい。平成23年度は、記憶障害患者に見られる病識の欠如と行為に表れる問題との関係を解明するために、これらの関連領域に精通する専門家の助言をえて、また実証的研究を進めるなかで、基本的なメタ認知モデルを作成すべく研究を進めた。 まず、理論的検討を進めるために、われわれはメタ認知の概念を駆使したメタ認知モデルを仮説的に作成し、そしてこのモデルについて、神経心理学の観点で長谷川千洋氏(神戸学院大学)、展望的記憶の観点で森田泰介氏(東京理科大学)、情動の観点で豊田弘司氏(奈良教育大学)、さらに行為の観点で金敷大之氏(畿央大学)から、それぞれ専門的な助言をえて、問題点を明確にし、メタ認知モデルを修正した。その成果は関係学会等で報告されている。 同時に、意図さらにはそれを具現する表象の機能を前提とするメタ認知モデルに依拠する限り、その機能に障害が見られる脳損傷患者には対応できない事実、事例も明らかにされた。後者の患者は意図を表象で具現するに必要な記憶力を喪失しており、そこで記憶に基づく意図や表象をもたない認知と行為に関する研究が不可欠になり、これらに関して理論的及び実験的検討を始めたのである。 理論的には、熟達者の行為と下等動物の行為をあえて対峙させ、それぞれをインド心理学の行為論、なかでも意図なき行為と生態心理学の行為論(直接知覚)に対応させ、外界の変化に直接導かれて、つまり明確な意図を持たないにもかかわらず行為が生成されてゆく可能性を検討した。実験的には、運動学習課題でメタ認知に関する実験を進め、また境界拡張という現象を取り上げ、無意図的ではあるが、生存のあり方に直結すると思われる知覚の機序に関する基礎的研究を行い、さらにはそれがどのように行為と結びつくのかについて検討し、論文および国内外の学会で報告している。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は病識と行為に関するメタ認知モデルを構築することであったが、これに関しては専門家の助言を得ながら一定の成果を得ている。しかし、研究協力者が過去に扱った事例を丹念に見直すに、比較的損傷の少ない患者にはこのメタ認知モデルで改善が期待できるが、そもそもメタ認知そのものが難しいほどに損傷している記憶障害患者には、当然のことながらメタ認知モデルそのものが意味をなさないことが明らかになった。そこで、重篤の記憶障害患者の行為を補償する体系的な手だてを、メタ認知モデルから離れて構築することの必要性に迫られた。この分部は当初必ずしも想定していなかった部分でもある。 そもそも、メタ認知は意図およびそれを具現する表象を前提にしたものであるが、この想定外の部分を補償するためには意図および表象に依拠しない行為生成の可能性を検討しなければならない。そこで、インド心理学の知見を得るべく、インド心理学に造詣の深い関係者から助言を求めた。そして、明確な意図を持たないにもかかわらず、状況に見合った行為実行についての知見、さらには生態心理学のいう直接知覚の知見から、メタ認知モデルに基づかない行為生成の可能性を追求した。具体的には、われわれが長年にわたって研究してきた熟達行為に関する知見(広義の無意図的行為)を援用して、新たに行為生成の過程に言及している。 最後に、実証的研究に関しては、運動学習については理論的および具体的な準備も進み、幾つかの実験を実施しているが、未だに確固たる成果を得ている訳ではない。ただ、次年度に向けて万全の態勢を確保している。一方の境界拡張に関する研究に関しては、幾つかの実験を実施し、興味深い知見を得ている。境界拡張の知見は生態心理学の直接知覚という基本的な考えとも密接に関係する部分であり、今後の課題として残った。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成24年度は、前年度で明らかにされたメタ認知モデルの記憶障害患者への適用可能な範囲と適用不可の範囲を明確に分け、前者に関しては運動学習事態で実験の成果を取り入れ、また後者に関しては境界拡張に関する知見から、またインド心理学の知見からそれぞれに検討してゆく。なかでも、境界拡張に関する知見をさらに展開することで、意図さらには表象に基づかない行為生成の基礎メカニズムを追求してゆく。 生態心理学の知見からすれば、脳をもたない下等動物であっても環境に上手く適応し、知的に振る舞っている事実からすれば、また記憶障害患者の脳の損傷部分の回復が難しい以上、メタ認知等の高次脳機能の働きによらない適応の可能性を新たな発想のもとで追求しなければならない。本年度はその手立てを探ってゆく。 確かに、意図に基づかない行為は研究の対象になりにくいが、ただわれわれの関心事である熟達化との関連で捉えれば、熟達化の階梯をのぼるにつれて意図が外在化され、内的に意図が消滅してゆくと、その行為は即興的に生成されてゆく。熟達者と下等動物の行為を同一次元では捉えられないが、それぞれ行為的直観と直接経験に対応し、いずれも適応的であることでは一致している。本研究はこの点に焦点を合わせて、記憶障害患者の認知と行為の関係を追究してゆく。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
国内外の旅費は、国内の学会(日本心理学会・日本認知心理学会)及び海外(イタリア)での学会(European Conference on Visual Perception)で研究成果を報告する際の旅費等に充てる。 人件費・謝金は、実験の補助等の人件費と専門家を招いて助言を求める際の謝金に充てる。 物品費は書籍等の購入に充てる。
|