2012 Fiscal Year Research-status Report
行為実行とその観察が健忘患者のメタ認知の改善に及ぼす効果に関する基礎的研究
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23530879
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
野村 幸正 関西大学, 文学部, 教授 (30113137)
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Keywords | 行為 / 健忘症 / メタ認知 / 内部観測 / 実行 |
Research Abstract |
交通事故等で脳を損傷し記憶障害を呈した場合、その機能を回復することは難しい。平成23年度は、記憶障害患者に見られる病識の欠如と行為に表れる問題との関係を解明するために、これらの関連領域に精通する専門家の助言をえて、また実証的研究を進めるなかで、研究を推進するに必要な、基本的なメタ認知モデルを作成した。 平成24年度はこのメタ認知モデルに基づいて研究を進めたが、いくつかの問題に直面した。一つは、表象の機能を前提とするメタ認知モデルに依拠する限り、その機能に障害が見られる脳損傷患者には対応できない事実、事例も明らかにされた。この問題を解決すべく、外界の変化に直接導かれて、つまり明確な意図を持たないにもかかわらず行為が生成されてゆく可能性を、ピクトグラム(視覚シンボル)研究の知見に託し、一連の実験的研究を推し進めた。得られた結果は、ピクトグラムが情報の伝達や想起を促進する手立てとして有効である可能性を示唆するものであった。 いま一つはモデルが捨象してきた状況に関するものである。ピクトグラムを手掛かりにして行為を生成するためには状況が不可欠であるが、状況のもつ意味は個々人の障害の程度、支援者のあり方等で激変する。とすれば、個々人の実情に合わせたモデルの構築が求められる。それは個性記述的研究によって可能であり、そこで従来の分析科学とは違った視点から行為の生成を確立すべく、個人科学の可能性を理論的に検討した。 記憶障害とピクトグラムに関する実験的および理論的研究をさらに発展させるべく、井上智義氏(同志社大学教授)および清水寛之氏(神戸学院大学教授)から専門的な助言を得てメタ認知モデルを改善していった。そして、その成果を国内外の学会で報告している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、まず病識と行為に関するメタ認知モデルを構築し、次にその知見を活かして記憶障害者の行為を改善する方途を探ることであった。前者の目的は23年度および24年度の研究を通してある程度まで明らかにされたが、同時に限界も露呈した。比較的損傷の少ない患者にはこのメタ認知モデルで改善が期待できるが、そもそもメタ認知そのものが難しいほどに損傷している記憶障害患者には、当然のことながらメタ認知モデルそのものが意味をなさないことが明らかになった。そこで、重篤の記憶障害患者の行為を補償する体系的な手だてを、メタ認知モデルから離れて構築することの必要性に迫られ、新たな視点から研究を推し進めている。それが行為を喚起する状況の再構築に関する研究である。 また、後者の目的に関しては、記憶障害の程度に見合った個別の支援が必要であることから、想定される個別の状況を想定し、行為の生成に関する実験的、理論的研究を進め、ピクトグラムに関する実験的研究の知見および専門家の助言を得て、当初の目的を達成すべく、新たな方途を構築しつつある。具体的には、研究代表者が上梓した『行為の心理学』(2003)を再考し、状況を充分に踏まえた行為の理論を構築した。その過程で直面した、分析科学に対する個人科学の可能性を理論的に研究し、その成果を公表すべく準備を進めている。それが『個人科学としての心理学』(仮)である。 現在、次年度に向けて解明すべきいくつかの点を列挙し、研究協力者の協力を得て、報告書の章立てを考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
平成25年度は、当初の目的を遂行すべく過去2年間にわたる研究成果を吟味し、さらに実験的および理論的検討を加え、その成果を研究協力者の助力を得て、下記のテーマ(仮)で報告書を作成する予定である。 第1章 メタ認知 病識 病感 脳生理学 、第2章 記憶障害のパターン、第3章 病識改善への理論的検討、第4章 調査研究、第5章 記憶障害と展望的記憶、第6章 記憶障害と行為、第7章 ピクトグラムによる行為の補償、第8章 嗅覚による記憶障害への支援、第9章 記憶健忘から認知症へ、第10章 インド哲学における記憶と行為、である。 作成過程で必要な実験を実施し、また専門家から助言を求め、最終的に報告書を作成する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
国内外の旅費は、国内の学会(日本心理学会・日本認知心理学会)及び海外(ドイツ)での学会(European Conference on Visual Perception)で研究成果を報告する際の旅費等に充てる。 人件費・謝金は、実験の補助等の人件費と専門家を招いて助言を求める際の謝金に充てる。 物品費は書籍等の購入に充て、その他は報告書の印刷費に使用する。 なお、研究協力者の一人が2012年4月某大学に就職したため、当初予定していた実験的研究を縮小せざるを得なくなった。そのため、謝金および学会発表が当初の予定の通り支出できず、次年度へ繰り越しとなった(141,307円)。次年度はそれを補う形で当初の研究計画を修正し、遂行する予定である。
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