2013 Fiscal Year Research-status Report
行為実行とその観察が健忘患者のメタ認知の改善に及ぼす効果に関する基礎的研究
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23530879
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
野村 幸正 関西大学, 文学部, 教授 (30113137)
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Keywords | 行為 / 健忘症 / メタ認知 / 内部観測 / 実行 |
Research Abstract |
交通事故等で脳を損傷し記憶障害を呈した場合,その機能を回復することは難しい。平成23年度は,健忘症患者に見られる病識の欠如と行為に表れる問題との関係を解明するための研究を推進するに必要な,基本的なメタ認知モデルを作成した。 平成24年度はこのメタ認知モデルに基づいて研究を進めたが,いくつかの問題に直面した。その一つが,表象の機能を前提とするメタ認知モデルに依拠する限り,その機能に障害が見られる脳損傷患者には対応できない事実,事例である。この問題を解決するために,外界の変化に直接導かれて,つまり明確な意図を持たないにもかかわらず行為が生成されてゆく可能性を,ピクトグラム(視覚シンボル)研究の知見に託し,一連の実験的研究を推し進めた。得られた結果は,ピクトグラムが情報の伝達や想起を促進する手立てとして有効である可能性を示唆するものであったが,その伝達はピクトグラムの背景の描写によっても大きく違ってくることが明らかになった。 そこで平成25年度は,ピクトグラムのデザイン原則,たとえば背景描写の有無が認知処理に及ぼす効果に関する一連の実験を行った。得られた知見から,画像の枠線は心的に表象されていることが示唆され,背景描写の無い画像においても,枠線と物体との関係性が典型的な面積比率として表象されていることが明らかにされた。さらに,単一の物体の描写で表現されるピクトグラムが容易に理解されるためには,基準枠と呼ばれるピクトグラムの枠線に対して,物体が占める面積比率を調整することが有効であることが示唆された。 また,ピクトグラムに関する基礎研究と並行して,健忘症患者のそれぞれの症状に見合う支援を具現するために,分析科学とはまったく違った視点から,いまひとつの普遍性(一般化可能性)を理論的に検討し,「個人科学」の可能性を明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は,まず病識と行為に関するメタ認知モデルを構築し,次にその知見を活かして健忘症患者の行為を改善する方途を探ることであった。前者の目的は23年度および24年度の研究を通してある程度まで明らかにされたが,同時に限界も露呈した。25年度はその限界を補償するために,デザイン原則の観点から適切なピクトグラムのあり方を求めて,なかでも行動を導くために環境に配置されるピクトグラムの可能性に着目して研究を推進した。具体的には,より容易に理解されるピクトグラムの作成に向けて,背景描写がある場合の画像の認知処理における個人差の影響を検討し,虚記憶の発生と典型性への回帰の程度が正の相関を示すことを明らかにした。また人間がもつ典型的な表象に近付けてデザインすることで,その認知処理が促進され,命名までの反応潜時が速くなることが示唆された。さらに,その典型的な表象の面積比率は,実世界の物体との対数関数として表象されていることが示唆された。しかし一方では,確認すべき問題点が残されたために、研究期間を1年延長したのである。 また,理論的研究に関しては,記憶障害の程度に見合った個別の支援を実施するために,熟達に関する一連の知見を援用して研究を推進し,『個人科学の心理学』(印刷中)を完成させた。そこでは体験の持つ意味を体験過程と体験内容に区分し,前者から後者へ,後者から前者へ移行する際の創造行為の重要性を指摘したものである。また,東洋思想の「勘」とジェンドリンのいうフェルトセンスをつきあわせることで,概念言語を超えた行為の可能性に言及したものである。
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Strategy for Future Research Activity |
過去3年に及ぶ理論的および実験的知見から,健忘症患者の行為生成のための支援システムを構築するために,平成26年度は過去3年間にわたる研究成果を吟味し,また未だ明らかにされていないピクトグラムの新たなデザイン原則の提案に関する実験を推進してゆく。具体的には,ピクトグラムの枠内の描写の大きさを調整することが,かえって認知処理を妨害する可能性が否定できないという問題点を明らかにし、その解決の糸口を実験的に探ってゆく。そして、その成果を研究協力者の助力を得て,下記のテーマ(仮)で報告書を作成する予定である。その章構成は、第1章 病識と病感,第2章 記憶障害のパターン,第3章 病識改善への理論的検討と調査研究,第4章 記憶障害と行為,第5章 ピクトグラムによる行為の補償,である。 作成過程で必要な実験を実施し,また専門家から助言を求め,最終的に報告書を作成する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
これまで健忘症患者支援のためのピクトグラムのデザイン原則に関して検討する中で,確認すべき問題点が残されたためである。具体的には,ピクトグラムの枠内の描写の大きさを調整することが,かえって認知処理を妨害する可能性が否定できないという問題点を明らかにし,その解決を実験的に探る必要性が生じた。さらに,この検討を含む過去3年間にわたる研究成果をより吟味し,研究協力者の助力を得て,最終的に報告書を作成する目的で,研究期間を1年間延長したのである。 国内外の旅費は,国内の学会(日本認知心理学会・日本基礎心理学会)で研究成果を報告する際の旅費等に充てる。人件費・謝金は,実験の補助等の人件費と専門家を招いて助言を求める際の謝金に充てる。物品費は書籍等の購入に充て,その他は報告書の印刷費に使用する。
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