2011 Fiscal Year Research-status Report
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23530993
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Research Institution | Kanazawa University |
Principal Investigator |
土井 妙子 金沢大学, 学校教育系, 教授 (50447661)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 公害・環境教育 / カリキュラム論 / 水俣 / 公害史 |
Research Abstract |
本研究は公害問題が被害地でどのように教材化されているのか、社会構造や地方政治を理解する中でカリキュラムの特徴を析出することを目的としている。本年度は、水俣市を含む熊本県での公害教育の歴史と現状についてより詳細に、また地域の教育界全体から位置づけるために、現地で資料収集やインタビューを実施した。まず、地元日教組、高教組の県レベルの教研集会のレポートに関して資料が残存しているか調査したところ、重要な70年代、80年代のレポートが残っていなかったことが判明した。このため教員組合の通史的分析は、全国教研集会のレポートを手掛かりとせざるを得ない。しかし、これらの組織の教員運動全般に関する各種資料が入手できたため、現在分析中である。 76年に設立され、長年熱心に公害教育に取り組んできた「水俣葦北公害研究サークル」の活動分析は重要である。本年度は、設立に携わった主要メンバーの中で唯一ご存命の方にインタビューができ、60年代から70年代の激動期の現地教員の動きを知る貴重な機会となった。このサークルの歴史に関しては、24年度にも論文化する予定である。さらに地元高校において熱心に水俣病を授業で取り上げてきた教員その他にインタビューをするとともに、個人所有の各種記録資料を収集でき、より幅広く現地公害教育の理解が可能となった。現在分析中である。裁判資料や2次資料を読み込む作業も同時に進めており、来年度も継続したいと考える。行政資料の収集は、24年度以降の課題である。 調査の中で判明した重要論点としては、水俣市内の全小中学校で毎年一斉に実施されている水俣病の授業が、同和教育の一環として実施されている点である。筆者の長年の研究対象地域である四日市においても制度化された同和教育のルートを使用して在日韓国・朝鮮人教育を実施するなど、幅広く人権問題を扱っている。方法論的に興味深い現象といえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
水俣における水俣病実践について、数十年間にわたる通史的な変遷やその方略などほぼ全容が理解できたため。主要な実践者へのインタビューや資料収集が充実化でき、これまでどの研究者も示せなかった歴史的変容が示せる研究段階となった。 これまでの水俣病の公害教育に関する代表的な研究としては、和井田清司による田中裕一研究が挙げられる(『戦後日本の教育実践 リーディングス・田中裕一』学文社、2010年)。田中裕一は、1968年、中学校教師として熊本市において最初に水俣病を授業で取り上げた人物である。これ以前に現地では水俣病の教育実践はなかったとされる。貴重な田中の実践をまとめた先行研究であるが、現地での「点」としての理解にとどまる。本研究は、より広く「面」的に、しかも通史的に変動をみようとするものである。まず、もっとも重要な調査研究対象としては、田中裕一が赴任しなかった被害現地である水俣市での公害教育実践である。たとえば、被害の最激甚地であるため、「爆心地」と呼ばれる袋地区の袋小学校での実践なども含む。こういった水俣市内での教育実践とそれをリードした教師群に光をあて、資料収集やインタビューなどを実施しており、まとめられる段階にある。さらに、本年度は県内教育界全体を見渡す資料解読も実施してきた。 さて、本格的に水俣病を研究しようとすると、裁判資料を読み込むだけで1~2年かかると言われている。これは、環境経済学者として1960年代から全国の主な公害問題を研究してこられた宮本憲一先生(滋賀大学元学長)らの指摘である。相当な年月を必要とする研究分野である。教育関係以外の事象の理解をすすめることも地元で実践された水俣病授業の理解を深めることにつながるため、年月はかかると思うが、地道に裁判資料などの1次資料の解読に今後も努めたいと考える。以上の理由で「(2)おおむね順調に進展している」と自己評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
基本的には当初の研究計画に沿ってすすめればよいと考える。今後も計画通り、裁判資料などの重要な1次資料の解読に努めるとともに、教員運動をささえた現地の社会構造、地方政治などの分析を継続させたい。24年度は特に行政資料の収集と解読を重点的にしようと考える。筆者は長年四日市において同様の手法をもって研究を進めてきた経緯があり、地域が違っても基本的な方法は変わらないため、経験を活かせて実施できている。通史的な変動をとらえることが本研究の目的であるので、水俣病をめぐる数十年分の地域資料をできるだけ読み込みたいと考える。この作業により、現地での公害教育をめぐる理解が地域の文脈からさらに進むと考える。「分厚い記述」のための次のステップを充実化させたいと考える。 さて、水俣では3.11以降、水俣での公害経験を福島に伝えようという動きがある。水俣では、学校教育とともに、NPOを中心とした社会教育の領域においても数十年間の公害教育実践の歴史がある。こういった歴史が基盤となり、他地域への継承作業が胎動しているといえよう。 福島原発事故は、公害・環境研究者である申請者にとっても決して避けて通れない現在進行形の重大事件である。3.11以前は、国内においては水俣病が最も激甚な公害・環境問題ととらえてよかった。非常に残念なことに戦後最悪の公害・環境問題となってしまった福島原発事故との連続性を考えながら、公害・環境教育史研究として跡付けることも課題とせざるを得ない。 なお、社会科学系研究者による福島原発事故に関する調査研究は、あまり実施されているとはいえない。社会学者の山下祐介、東京大学院生の開沼博、現地福島大学の教員らに限られている。生来的な公害・環境研究者による研究が少ないため、現地の実情が研究者たちに広く伝わっていないことも付け加えて記したい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
合計110万円を使用する。このうち、物品費は30万円とする。主に書籍代、現地で収集する資料代とする。旅費は、70万円とする。水俣に3回行く予定である(4泊5日を3度 14万円×3=42万円)。このほか、福島にも現地調査に3回行く予定である(3泊4日を3回 8万円×3=24万円)。福島原発事故をめぐる社会状況は刻々と変化しているため、特に現地へ行かなくては研究が進まない。学会や研究会への参加費も1回分計上する(4万円 東京で開催される日本環境会議の研究会など)。このほか、人件費を10万円とし、収集できた資料を整理するためのアルバイト代とする。
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