2012 Fiscal Year Research-status Report
欧米の福祉国家と子ども観の社会史的展開に関する比較教育思想史的研究
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23531023
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
北本 正章 青山学院大学, 教育人間科学部, 教授 (10186273)
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Keywords | 子ども観 / 福祉国家 / 母性 / 父性 / 比較教育思想史 / 近代ヨーロッパ / 児童保護 / 慈善事業 |
Research Abstract |
本研究は、近代の欧米における福祉国家成立時の児童福祉政策を支えた子ども観が、各地域と文化においていかなる社会史的展開を見せたかを解明するのを最終目標としている。 本年度は、計画の第2年目に当たり、前年度からの研究実施計画にしたがって、(1)子ども観と児童福祉政策の関係領域を構成する先行研究を、第1期(1970年代まで)、第2期(1980~1990年代)、第3期(2000~2010年代)の時期に即して渉猟し、論点整理を行った。この中で、特に近代以降の福祉政策において常に大きな争点となってきた「母性愛と母親業」の問題を、子ども観の社会史的展開におくことによって新たな解釈を試みた。 その研究成果は、世界子ども学研究会第7回研究例会において「母性と母性愛の社会史研究に関する若干の考察」として、また、児童文学文化研究会でも「ヨーロッパの子ども観史における母親と母性イメージの変遷」と題して、それぞれ口頭発表した。以上の発表内容は、論文「ヨーロッパ史における母親像と母性の社会史的系譜に関する比較教育思想論的考察」にまとめ、ヨーロッパ中世以来の「Maria Lactance」(授乳の聖母)のイメージと思想の社会史的変貌を解明した。 その他の成果として、「ジョン・ロックの教育思想に学ぶ現代社会の子育て」(教育講演記録)のほか、世界子ども学研究会第8回研究例会での口頭発表「子ども観の社会史研究の最前線: 21世紀を展望する2つの論文集に見る世界の研究動向」は、論文「子ども観の社会史研究の新展開とグローバル・アプローチ」にまとめた。さらに、論文「子どもと一緒に描かれる動物と植物の学術文化史的背景について」は、新しい子ども観史研究の課題提示を試みた論文として公刊した。以上によって本年度の研究実績のいずれも、今後のわが国における新しい子ども学と教育史学の進展に資する成果となったと位置づけている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
福祉国家の歴史と子ども観史をつなぐ課題領域として、研究計画の当初から視野にあったH・カニンガム博士によるヨーロッパの捨て子と児童保護に関する浩瀚な研究書の検討は本年度においても継続して進めた。これは2013年7月頃、新曜社より『ヨーロッパ子ども観の歴史――福祉と教育・理念と実態(仮題)』として公刊できる見通しである。本書の邦訳紹介は、今後、わが国における子ども政策の思想と実態を構想する上で重要なベンチマークになるものと評価している。 また、本研究の主題と重なる、子ども観と福祉国家の関係を多角的に網羅しているPaula S. Fass編の『世界子ども学事典』全3巻の詳細な検討と邦訳紹介のための準備も、前年度までの作業に引き続き、今年度も着実に進めることができた。この資料の分析には研究会のメンバーの協力によって着実な進捗を得た。次年度に向けて、人的研究ネットワークも構築できており、第2年目の研究計画はおおむね順調に進められたと評価している。 前年度に、健康上の理由から実現できなかった海外での資料調査と研究者との情報交流は、本年度も同じ理由で計画変更を余儀なくされた。しかし、その計画変更を研究資料の収集と分析に注力したため、物品費(資料文献費)が若干膨らんだものの、十分な研究情報の把握が可能となり、次年度以降の布石にすると共に、より的確な新しい子ども学の研究動向の把握ができた。その成果の一部は、世界子ども学研究会第8回研究例会での口頭発表「子ども観の社会史研究の最前線」と、論文「子ども観の社会史研究の新展開とグローバル・アプローチ」にまとめ、各方面から注目された。 以上、本研究の第2年度の研究実施計画は、必要な文献資料の収集と分析、研究動向の紹介、基本文献の邦訳出版など、おおむね順調に進展しており、わが国の新しい子ども学研究に資する作業を着実に進めることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究計画は次の2点に注力して推進する予定である。 第1は、Paula S. Fass編の『世界子ども学研究百科事典』の、福祉と教育に関連する項目を中心に調査分析を加える一方、この大部の事典の邦訳出版計画を実施に移すことである。出版社の原書店の理解と協力、および前年度まで足かけ5年あまりにわたる専門研究会での研究サポート体制も確立できているため、最終年度に当たる次年度では、学術的価値の高いこの事典の刊行目指し、その意義についても研究会・学会等において研究成果を発表する予定である。 第2は、次年度の前半期の注力対象として、近代福祉国家と子ども観の接点を構成する子ども政策の推移をグローバルな視点で解明したH・カニンガム博士の浩瀚な著作『欧米の子ども観の歴史(仮題)』(新曜社より2013年7月公刊予定)の紹介を行い、この出版に合わせて企画準備されている比較教育思想研究会の全国大会シンポジウムにおいて、「福祉と教育の社会史研究の意義と課題(仮)」と題して研究成果の一部を公表する予定である。 第3に、戦争孤児や貧困児の救済と保護運動を世界的な規模で組織し、今日に至る運動の創始者で、「ジュネーブ宣言」の思想的基盤をもたらし、「子どもの権利宣言」に結実した児童福祉と子どもの権利思想の啓発者としても知られるエグランタイン・ジェブ(Eglantyne Jebb, 1876-1928)の活動と思想分析を行う。健康状態が許せば、ジェブの関連資料収集のための海外調査も計画に入れる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度の研究費の使用計画として、大きく次の3点に注力する。 第1に、Paula S. Fass編の『世界子ども学研究百科事典』の資料分析と翻訳の協力者に対する謝礼費を計上する。これは過去2年間にわたる継続的な協力作業に対する費用で、年度内の研究費の多くを計上する予定である。 第2に、児童福祉と子ども観の社会史研究に関する研究資料と文献の収集費用として、物品費を計上する。 第3に、本研究の最終段階として、資料整理のための人件費、研究資料と報告書等の印刷費を計上している。
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