2012 Fiscal Year Research-status Report
困難を有する若者への「社会的スキル」形成の実践に関するエスノグラフィー研究
Project/Area Number |
23531135
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
古賀 正義 中央大学, 文学部, 教授 (90178244)
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Keywords | ソーシャルスキル / 若者支援組織 / 教育困難校 / 心理主義 / シチズンシップ教育 / 臨床教育 / インクルージョン / ワークショップ |
Research Abstract |
昨年度(2年目)は、困難を有する若者自身の「ソーシャルスキル」認識と教育諸施設(NPO団体や低ランク高校等)におけるスキル学習実践の特徴について、これまでに実施してきた聞き取りや観察、アンケート等のデータを活かしつつ、精緻に分析する作業を進めるとともに、その過程で必要となった追加データを収集することも行った。 具体的には、①教育困難校を卒業し社会に出て数年目を迎えた若者に対して、在学時と現時点でのスキル認識の変化に関して行った聞き取りやアンケートの結果を、詳細なトランスクリプト等のデータに整理し分析した。②NPOや低ランク校で実践されているスキル学習のいくつかを観察するとともに、指導者・教師および体験した若者から聞き取りを行って、スキル認識の深化にとって必要なファシリテートの方法等を探索した。③さらに、必要な専門研究者を時々に招いて、これらデータの分析討議の機会を数回にわたって持ち、多くの知見をえた。 簡略に結果を示せば、①若者調査:職業等の社会参加に一定の達成感がある若者であればあるほど、「ソーシャルスキル」の必要性や獲得への意欲や成果を語りやすく、若者問題(ニート、いじめなど)の対処法として自助努力すべきであるという個人化された語り方にはまり易いといえた。②施設調査:調査したあるNPOの場合、低ランク校生徒へのアウトリーチ時に、まず指導者が自己の問題体験を物語化して語り、その後に生徒に体験を語らせるという手法をとっており、機械的な心理技法による学習ではなく、むしろスキル認識を豊かにして彼らの疎外感を解くことに力点が置かれていたことが注目された。 以上の点から、若者自身にとって、低い自己評価の原因としてソーシャルスキルの不足が解釈されやすく、必ずしもその能力の実際を改善しようという方向には結びつかないといえ、ここにファシリテートする際の重要なポイントがあるとみられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2年目の目標として、中間報告をまとめた1年目に引き続き、リサーチクエスチョンを具体的に深めながら、以下の諸点を分析する計画であった。①困難を有する若者自身(教育困難校卒業生等)に、彼らの経験知に基づく「ソーシャルスキル」の内容や重要性を語ってもらい、教育諸施設(NPOや低ランク校、少年院等)での実践活動の手法等と照合して分析すること。②教育諸施設で実践されているソーシャルスキル育成の活動を、心理学的手法に直接依拠する事例と他手法の導入を模索する事例とに大別しつつ、指導者と参加者への聞き取りや行動観察の調査に拠りながら、ファシリテートの方法論について分析を深めること。③海外の青少年育成組織(米国ティーンコート等)についても同種の調査を実施し、その違いを分析すること。 実際の調査経過をみると、①教育困難校卒業生に対する聞き取り等の分析は順調に進行し、職場の困難状況に則したソーシャルスキルへの意味付与の変容や高校時代のマナーや教養等の欠落への不安などが指摘でき、大学紀要等にまとめて公表することができた。さらに、サポートステーション来談者や低ランク高校の中退者等にも同種の調査を試み、分析している。②「斜めの関係」を活かし心理学技法に依存しないNPOの活動をファシリテーター育成プログラムのレベルから観察・分析し、受講した若者への聞き取りも行った。また、アウトリーチ活動など先端的実践を行うNPO(九州・東北等)数団体で同様な観察と聞き取りを行い、データを収集・整理した。さらに、少年院でのSST等の育成活動のデータ分析結果を書籍にまとめることも行った。③アメリカの研究者との連携を進め、国際学会時等にデータ分析の討議を行うなどして、調査に着手している。 以上のことから、全体的には順調に調査分析が進行しており、さらに広がりを持った研究ネットワークの中で調査が深まっていく方向にあるといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は本研究の最終年度であり、分析を行う焦点化されたリサーチクエスチョンに則して、収集したデータの分析と補足的な収集作業を進めるとともに、学会での発表や書籍の出版、さらには最終報告書の完成等の研究のアウトプットを行う予定となっている。 以下、本年度に行う研究の概要を示す。(1)困難を有する若者(具体的には、困難校卒業生だけでなく高校中退者等まで対象を拡大)自身にとって必要とされる「ソーシャルスキル」の意味を、職場や地域社会などの固有な生活世界の問題に則して理解する事例研究を進めていく予定である。すでに、かなりのデータがトランスクリプト等として蓄積されており、分析視点・理論の確立ができれば、論文・書籍等にまとめて、従来にない排除されやすい若者に関するソーシャルスキル認識の分析知見を提供できると考える。(2)低ランク高校(具体的には、エンカレッジスクール等)よりむしろ、外部のNPOによる実践が心理主義的なものに依存せず、困難な若者の実情に即したプログラムを提供しているとみられた。概して高校等では、心理技法の単純な利用かあるいは外部委託が認められやすい。そこで、すでに観察や聞き取りをしてきた教育諸施設の実践を、困難を有する若者に特化したソーシャルスキル育成のファシリテートという点から、一層詳細に比較分析したい。さらに、調査から先輩・仲間の経験知を活かす方法や工夫などについて具体的な知見を得ているので、さらに対象のNPO等のデータを補足し、論文・書籍等にまとめて公表していく予定である。(3)海外諸施設への調査は補完的なものとなるが、海外での学会発表の前後などを利用して調査研究を行い、資料の収集や専門家からの聞き取り等を行う予定である。 以上のように、最終年度に向けてデータの整理と、それを踏まえた分析視点・理論の確立を進めており、一定の成果報告を生み出せるよう努力していきたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
前年度は、インタビューの文字おこしやアンケートの入力等の作業経費や会議室使用料に予算を支出した。少額の繰り越しが出たのは、最終年度の本年度に向けた作業がすべて完了しなかったためであり、すでにその作業には着手しているので問題はない。今年度は、最終的なデータの整理・確定と分析結果の報告に関する作業が行われる見通しであり、また補完的な追加データについても同様な整理・分析・報告作業を進めていくつもりである。主な支出にかかわる作業は以下のとおりである。 (1)フィールドワークにより得られたデータを上記の研究推進方策に則してまとめ、印刷物を作成する必要がある。従来、質的な調査は出版事情もあり、データの一部少量を掲載するにとどまることが多く、分析の妥当性等の欠落が指摘されることも少なくなかった。その点を補うため、報告書では収集した資料の原本、すなわち、分析・解釈の根拠となるような「厚い記述」の集積を作ることが必要である。その点で、印刷物を精緻に作り上げ、学会発表や書籍刊行時に専門研究者からも参照されるようにしたいと考えている。このような作業を想定して、予算の配分を決定しておきたい。 (2)補足的なデータ収集とデータ整理が必要な時があるので、そのために予算を確保しておきたい。すでに、「困難を有する若者」の調査対象を当初の予定より拡大して設定しており、研究の意義を高めるために中退者等のデータも活用している。同様に、教育諸施設の対象となるNPOや低ランク高校についても、必要に応じて内部での調査の範囲を広げたり、あるいは対象施設を増やすように努めるつもりである。ここで新たに得られたデータについても、作業経費をかけて資料化する予定である。 以上の点から研究成果のアウトプットに支障のないよう研究費の支出を行っていきたいと考える。
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Research Products
(9 results)