2012 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
23540331
|
Research Institution | The Institute of Physical and Chemical Research |
Principal Investigator |
仁尾 真紀子 独立行政法人理化学研究所, 初田量子ハドロン物理学研究室, 仁科センター研究員 (80283927)
|
Keywords | 国際研究者交流 米国 |
Research Abstract |
電子およびミューオンの異常磁気能率の値を現在の実験値と比較するためには、量子電気力学(QED)の摂動による計算において、10次の補正項、すなわち微細構造定数αの5乗の項まで求める必要がある。本年度は、10次の補正項のうち最も計算の困難な光子5個のみによる輻射補正の寄与の値を得た。さらに8次の補正項における重いレプトン粒子(電子に対してのミューオンとタウレプトン、ミューオンに対してのタウレプトン)による寄与を決定した。これにより、QEDのレプトン異常磁気能率の値は摂動の10次の項まで、すべて既知のものとなった。 8次の項の質量依存項の計算においては、独自開発のプログラム自動生成システムを用い、そのコードをわずかに変更し使用することで、計算の確実性と迅速性の両立を実現した。そのコードですでに知られている質量非依存項の値を検証し、合格したプログラムによって質量依存項を新たに計算した。また、光子4個のみの補正項に関しては、高速実数4倍精度ライブラリを用いて大規模数値計算を理研のスーパーコンピュタで実行し、既存計算の確認を行うとともに、その値の不確定性を半分にすることに成功した。 10次の項に寄与するファインマン図は全部で12672個あり、32のゲージ不変なセットに分類できる。そのうち最も簡単なセットで最も最初に計算されたプログラムに対し、確認の再計算を行った。それにより、10次の32セットのうち光子5個のみの補正による1セットをのぞき、すべてのセットにおいてダブルチェックが完了したことになる。 これらの計算の結果をまとめ、電子およびミューオンの異常磁気能率への寄与として、それぞれ論文発表を行った。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題では、電子およびミューオンへの異常磁気能率への量子電気力学の寄与を摂動の10次の精度まで決定することを目標としている。数値計算による比較的大きな不確かさを伴う値ではあるが、2012年度中に10次までの値をすべて決定できたことは、大きな進捗であった。 このプロジェクトを達成するために克服しなければならない最も困難な課題は、各ゲージ不変なセットに対しての計算方法を立案し、一字たりとも間違いのない正確な計算プログラムを制作することである。特に、10次の光子5個のみのセットに関しては、予測していなかった赤外発散の存在が判明し、その原因をつきとめることができた。赤外発散の生成の機構が従来よりも深く正しく理解できたことで、これまで以上にこのセットの計算方法の正しさに強い確信を抱くにいたった。よって、まだ数値計算の不確かさは大きいものの、10次の全ファインマン図の値として世間に発表することを決意した。 しかし、現在、計画されている電子の異常磁気能率の実験の精度、また、電子異常磁気能率の実験と理論から導かれる微細構想定数の精度などを考慮すると、現在の数値計算結果の持つ不確かさは、いかんせん、大きい。少なくとも半分にすることが望ましい。数値計算の技術上の問題については、すでに解決方法が見つかっており、計算機の環境にもよるが3倍から10倍程度の加速が可能であることが判明している。さらに計算機資源を投入すれば、研究計画内での目標達成は可能と思われる。
|
Strategy for Future Research Activity |
計算方法、および計算プログラムの正確さについては、強い確信を抱いている。もし、計算結果に誤りがあるとしたら、それはモンテカルロ法に基づく数値積分計算に起因するものである。 本研究での数値計算では紫外発散のくりこみも赤外発散の処理も、すべてカウンター項で相殺させることで行っている。このため数値計算特有の桁落ちの危険性があり、これを避けるため、危険度の大きなものからすべて4倍精度の実数を用いて計算を実行している。今後は、この4倍精度実数計算を比較的安全と思われているものにも適用し、さらなる計算結果の確実性を期したい。 また、本研究での数値計算は14次元内の超平面上の多重積分を13次元の超立方体上の積分に変換して計算を行ってる。この場合の変換のパラメタの採用の仕方によって、積分の収束の早さだけでなく、積分値の正確さにもかなりの変動があることがわかっている。10次の光子5個のみのセットでは、全部で389個の積分がありため、各積分に最適のパラメタの採用方法を一つ一つテストすることは事実上、不可能である。経験的にどのようにパラメタをとれば、比較的良い積分の振る舞いが得られるかは判明している。今のところ100個程度のパラメタ書き直しが修了しているが、それをその他の積分にも拡張していく。 さらに、数値計算でのSIMD利用を推進する。最近の大型計算機は、理研にあるRICCにしろ「京」にしろ、SIMD機構を上手く利用しないと、計算が加速できない。今のところ本研究で利用している4倍精度ライブラリはスカラー型で書かれており、SIMD利用ができないでいる。SIMD用に4倍精度ライブラリを独自開発することで、計算の大幅な加速を計画している。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度に生じた剰余金は、平成23年度からの剰余金の繰り越し分である。23年度に米国から木下東一郎氏を3ヶ月間、日本に招聘する予定であったが、氏の家族の健康状態が不良であったため来日が中止になった。そのための資金がそのまま剰余金として持ち越されているものである。本年25年度は研究の最終年度であるので、この剰余金を研究に有効な形で用いたい。 本年度の研究の中心は、SIMD利用の可能な4倍精度実数計算ライブラリを制作することである。従来、このようなライブラリは各々の計算機に専用の形で書かれることが多かった。そのため、私たちも理研の計算機以外で大型積分計算を実行することが難しかった。最近では、各計算機のコンパイラがかつてのベクトル計算機で使用されていた機能を取り入れることで、特殊言語を使用しなくてもFORTRANやCなどの標準言語のままで、SIMD機構を利用できるようになった。これを反映させ、今回、開発する4倍精度ライブラリは、どの計算機にも簡単に移植可能な形式で、標準言語で制作することを予定している。この開発とテストは、従来は理研や東大の計算機センターのものを使用していたが、プログラム開発を行うには不便であった。そこで剰余金を利用して、手元に一台、SIMD機構をもつ並列コア型の計算機を購入し、常に使える状態にしておく。計算機本体に20から30万円程度、そこに導入するコンパイラや解析計算ソフトなどにそれぞれ30万円程度のライセンス料を見込んでいる。 また、本研究の長年の共同研究者である米国コーネル大学の木下東一郎氏を3ヶ月間、理研に招聘する予定で、その旅費として100万円程度を予定している。
|