2011 Fiscal Year Research-status Report
強相関系の為の量子古典ハイブリッド法の開発と生体酵素活性中心への応用
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23550016
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
山中 秀介 大阪大学, 理学(系)研究科(研究院), 助教 (10324865)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 光化学系II / Mn多核錯体 / 第一原理計算 / 密度汎関数理論 / 水分解反応 |
Research Abstract |
2011年度の研究では、沈と神谷教授グループにより解明された光化学系IIの水分解反応中心の構造に対し、第一原理計算を用い電子構造を解析した。具体的には、Mn4核錯体と第一配位圏アミノ酸のモデルを重原子はX線構造のまま固定し、取り得る全てのアキシャル型スピン構造、Mn(III)4からMn(IV)4に到る5段階の酸化状態に対し、DFT計算を実行した。結果局所酸化数およびスピン構造に対するエネルギー順位の縮退、また、(最隣接・次最隣接モデルではない)全サイトがカップルするスピン構造である事を明らかにした。研究計画1年目、理論開発に力点を置く予定とはかなりズレたがこれはいち早く計算結果を出す為必要であったと考える。沈・神谷らのX線構造は、これまで謎に包まれていた光合成の水分解触媒Mnクラスタ-の構造を明らかにした歴史的な研究成果であり、実際2011年度のScience誌の選ぶ10大研究に選ばれている。日本のグループが解明した構造の世界初の第一原理計算を日本のグループである我々が実行した事は意味があるものと考えている。しかしいくつかの酸化状態では最安定スピンに関し実験が示すそれと矛盾しており、プロトン化様式ならびに構造緩和効果の吟味が必要である事も分かってきた。その研究に関しては計算設備と人員を必要とする研究であり競合するグループも多く特にMaxPlank研究所のNeeseらは多くのポスドクと計算機センター並みの設備を擁し同様の解析を行っていると見られる。私のグループは、計算の実務要員としては私と学生1名、計算設備に関しても比肩し得べくもないものである為、2011年度終盤からは理論の工夫に力点をおき彼らと差別化できる研究を行っている。具体的には磁気相互作用やESR超微細構造定数に有効なDFTの交換汎関数の設計とQM/MM境界問題への取り組みであり、いずれも世界初の研究である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記研究成果に書いた通り、本年度は、研究計画にあった理論開発よりむしろ応用計算を優先して進めた。その為、論文発表という形では成果は予定以上に出ていると言える。これにより日本のグループが解明した構造の世界初の第一原理計算を日本のグループである我々が実行する事ができた。しかしながら、理論プログラム開発に関しては少し遅れている部分もあり、それを考え合わせれば、(2)に該当すると言える。また、当初の研究計画に入っていなかった点に、PS IIのマンガンクラスターの磁性に関し、Kokサイクルのいくつかの酸化状態のESRによって指摘されている磁性が、世界標準ともいえるB3LYPや磁性の記述に有効とされているLC-wPBEなどの汎関数を用いたDFT計算では再現できなかった事がある。これにより、『Mn錯体の磁性に関するDFT汎関数の有効性の吟味、および有効な汎関数の探索』といういわばspin-offテーマも並行して進める事となった。そしてこのspin-offテーマに関しても、成果は出始めており、今後順次論文発表していく予定である。実際、研究計画にあったノンコリニア磁性や量子スピン揺らぎを記述する為のGSO-DFTやRes-DFT CIなどは、局所のMn間の磁気的相互作用、各スピン状態の相対的エネルギー差が正確に表現できる汎関数を前提としており、このspin-offは当初の計画を達成する為に必須のものと言える。又、この点をクリアすれば、その汎関数設計自体が理論化学の分野の大きなトピックスとなるであろう。 一方QM/MM理論は順調に開発を進めた。無論完成ではないが、このテーマ(QM/MM理論開発)で私が指導している学生が(社)生産技術振興協会の海外論文発表奨励賞を受賞し、今後Mnクラスタを攻略する為のQM/MM理論は着々と完成に向かっている。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の研究計画とは異なり、まず、光化学系のマンガン錯体および周囲のアミノ酸を含めた系の応用計算から開始した。目標であった、「沈・神谷らの構造に対する世界初の電子構造解析」という成果は出たと考えるので、来年度は、理論の工夫に力点を置いて研究を押し進めていく予定である。現在、既にマンガン錯体の磁気的相互作用(J値)に対するDFT汎関数の吟味は進めているが、その過程でESRの超微細構造定数(A値)に有効なDFT汎関数設計指針を見いだした。このESRのA値に関しては、これまで競合研究者の研究では、計算結果に適当なパラメータをかけて実験との整合性を担保するというかなり場当たりな方法が採用されてきた。我々の汎関数が完成すればその必要はなくなる。そこで研究計画にはなかったこのA値用の汎関数設計を完成したい。研究計画に記載したGSO-DFT、Res-DFT CIは局所のMn間の磁気的相互作用、各スピン状態の相対的エネルギー差が正確に表現できる汎関数を前提としているし、かつ、A値の評価はほぼ採用する交換相関汎関数で決まると言っても過言ではない。従って、この汎関数の設計の成功が本研究の1つの要であると言える。そして研究計画にもあったQM/MM境界問題の処方、完成した汎関数およびQM/MM法を組み合わせたUDFT/MM, GSO-DFT/MM計算を光化学系のマンガン錯体に適用する事を目標とする。Kokサイクルの酸化過程で高酸化状態の局所酸化数やプロトン化様式の探索は実験的に困難であり、ESRはその1つの『手がかり』を与えている。我々の、Mn磁性を正しく評価する汎関数を用いたQM/MM計算により、この『手がかり』を正しく解釈する事が可能となる。局所酸化数とプロトン化様式の決定は水分解反応の全貌の解明につながると期待される。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
2011年度購入のPC クラスタ(Sandybridge Core i7 2600)により、計算機環境は大幅に改善された。具体的には・光化学系IIのMnクラスターと第一配位圏アミノ酸のモデルの電子状態計算・合成系Mn二核錯体の磁性のベンチマーク計算 (錯体をモデル化する事なく丸ごと) が実施できるようになった。特にできあいのクラスターシステムではなく、通常のPCからクラスタをくみ上げたため、15台と台数は確保したので、交換相関汎関数を様々変えてのベンチマークの計算にはこのシステムが適していると言える。しかしながら、光化学系IIのMnクラスターとさらに第一、第二配位圏アミノ酸をQM領域に含む系の構造最適化にはより高速な計算機が必要と考える。そのため、今年3月発売された最新最速のXeon(Xeon E5-2687w)のdual CPUおよびメモリ64GB、スクラッチファイル用のSSDを搭載した計算機の購入(約70万円)を予定している。これにより、計算の規模の拡張が期待される。 また研究成果の発表を行う国内外の学会出張の為の旅費を20万円を予定している。さらにIntelコンパイラを含めソフトウェア、および書籍などで20万円の使用を予定している。
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