2011 Fiscal Year Research-status Report
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23580468
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
鷲尾 健司 北海道大学, 地球環境科学研究科(研究院), 助教 (50241302)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 種子 / 核 / クロマチン / ヒストン / タンパク質修飾 / 成長制御 / シロイヌナズナ / 環境応答 |
Research Abstract |
種子は高等植物の主たる繁殖手段であり、水分含量を低く保ち代謝活動も極端に抑えることで、あたかも物質のような状態になって優れた環境耐性を獲得する。3万年前の古代種子が発芽した報告もあり、通常の種子でも条件さえ良ければ数年間は発芽能力を維持する。そのため植物が生育に適さない環境を回避するのに秀でた手法であり、今現在、地表の大半を覆う植物の繁栄をもたらした大きな要因であるといっても過言ではない。種子は将来の植物体となる胚を含んでいるが、成熟過程でつくられるトレハロースやショ糖などの二糖類を細胞内に著量蓄積してガラス化している。過去の研究において、種子に特徴的な細胞構造を見出しており、特に遺伝情報が刻まれたDNAが存在する細胞核では、核の構造変化や特殊なクロマチン成分を検出している。これらの特徴は吸水後速やかに消失して脱水などに対する耐性も失われるので、植物種子にはゲノムの機能を安定に維持する特別なしくみがあると想定して研究を始めた。種子に含まれる核構造の特徴を捉えるために、シロイヌナズナを実験材料として種子のクロマチン成分を詳細に調べている。核内には長大なDNAが納められており、ヒストンなどと相互作用して複雑な分子集合体を形成している。ヌクレオソームはクロマチン構造の基本単位であるが、構成因子であるヒストンへの様々な修飾反応がクロマチンの動態に影響を与えることで遺伝子発現情報を高次に調節するらしい。近年の分析技術の進歩によりタンパク質の修飾状態を直接的に検出することが可能になってきたので、シロイヌナズナ種子より調整したヒストンなどのクロマチン成分に対してLC-MSを利用した高感度微量分析を施すことで、種子が示す特殊な核構造の実像と細胞機能との関係を明らかにする研究を進めている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
種子に含まれる核構造の特徴を知るために、クロマチンの基本単位であるヌクレオソームを構成するヒストンの組成や性質変化を分析化学的に調べている。発芽する種子は躍動的に変化するので、往年の植物科学者は当時の実験技法を駆使して核内タンパク質の挙動を調べてはいるが、タンパク質の修飾状態を保ったままで分析する現代の手法に適合するために従来法の改善が必要になった。特に研究対象であるシロイヌナズナを実験室条件下で栽培した場合、タンパク質分解や回収率の低下でクロマチン成分の調整に不具合が生じる報告があったので、過去の文献情報をよく検証して種子クロマチン成分調整法の至適化を試みた。様々な保護剤の存在下で細胞を破砕した後、粗核画分を分画して、強力なタンパク質変性剤であるグアニジン塩酸で核タンパク質の可溶化を行い、酸不溶性のタンパク質を除去した上澄みにヒストンを回収した。更に、Bio-Rad社のBio-Rex 70を用いた弱酸性陽イオン交換カラムにより高純度なヒストンを効率よく単離できた。個別のヒストンについては、仔牛胸腺のヒストンを標準品としてHPLCの分析条件を検討した結果、C4ワイドポア逆相カラムにより良好に分離できたが、植物ヒストンは動物とは異なる性質があるので分離条件の更なる検討を進めている。分析作業の要となるLC-MSについてはThermo社のEASY nLCIIが設置され、MS/MSスペクトルのタンパク質同定ソフトを含む技術習得に努めている。実用規模での生物試料の調整が終わり次第、nano HPLC/orbitrap MSを利用した高感度微量分析系を立ち上げて行く予定である。研究は概ね順調に進んでいるが、分析機器の共通利用で携わった機能性天然化合物の研究成果を中心にして国際会議、学術雑誌などに広く公表した。
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Strategy for Future Research Activity |
細胞核はクロマチンや核ドメインを規則的に配置して、それらが動的に変動することでゲノム機能を高次に調節している。種子で観察される凝集クロマチンは核内の広範囲に及ぶので、ヒストンの組成や性質変化を調べるだけでは種子がもつ特殊な核構造の全体像を見極めることは難しい。これらを補完するために、クロマチンの基本単位であるヌクレオソームの複雑な分布状態を全ゲノム規模で検出するヌクレオソームマッピングを計画している。種子クロマチンをヌクレアーゼで限定切断して得た個別のヌクレオソームに由来するDNA断片を並行高密度遺伝子配列解析に供することで、種子クロマチンを構成するヌクレオソームのゲノム全域での分布状態を調べる。通常組織でも同様の実験を行い、両者を比較することで、植物種子の核内で長大なDNA分子がどのように納まっているのか、その実像を推定する。種子の性質は植物ごとに異なるので、実験材料としたシロイヌナズナCol株の解析だけでは、観察された特殊な核内構造がどのようにして種子の生理機能に反映されているのか判断することは困難だと思われる。同属でありながら異なる種子の特性をもつ他品種との比較を行うことで、核構造の違いと種子機能の関係を深く考察することができる。Cvi株は種子の休眠性を論じる際によく使われる品種である。Col株の種子は成熟した直後でも休眠をしないですぐに発芽できるのに、Cvi株は数ヶ月にも及ぶ休眠期間を経た後にようやく発芽するようになる。休眠期間が長いということは、より長期間にわたり細胞機能を安定に保持するしくみがあると推察できるので、両品種の種子構造に明確な違いが発見できたら、自然界で育まれたゲノム機能を安定に保持する植物種子の機能性の分化に迫ることが可能になる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
ワーリングブレンダーなどの細胞破砕装置、ヒストンの分離に使用するHPLCなどの汎用的な実験機器は初年度の研究費で設置を完了している。当該年度は、予定しているLC- MSを利用したタンパク質の高感度微量分析を踏まえて、生物試料の調整から化学分析のための前処理、データベース検索と機能予測までの分野の異なる研究作業の全体的な流れを加速して、短期集中的に実験データを取得できるように研究室の整備を行うことにする。具体的には植物の栽培規模の拡大、多検体の分析試料を並行的に処理できるような微量遠心機、凍結乾燥器、ロータリーエバポレーターなどの周辺機器の導入、高感度分析を行う際になるべくバックグラウンドを抑えて精度の高いデータ検出を可能にするために、分析化学に特化した実験器具や専用試薬などを細胞生物学とは異なる概念で順次購入してゆく予定である。最新の分析機器を取り扱う研究分野の実験手法は日々更新されてゆくので、該当する機器を提供する企業が開催する技術セミナーや研究集会に多く参加して最新の実験情報の収集に努める。また、従来参加している生物系とは異なる分析化学系の学会シンポジウムにも積極的に出席して、タンパク質科学の最前線で活動する研究者達との相互交流を通して実験技術の向上を進めてゆく予定である。研究成果の公表先としても、海外からの小規模な専門会議の招待を受け入れたり、メジャーな学会にも何度か参加して、種子生物学という研究分野の基盤形成に貢献できるような学術活動を展開してゆく。そのため、若干の研究費を渡航費や旅費に割り当てることを考えている。平成23年度末の支払い期限に間に合わず若干の残額(1525円)が生じたが、これらは3月中に発注手続きをしており、翌4月の事務処理で配分予算の支払手続きはすべて完了することになっている。そのため予算の執行状況は計画通りで概ね良好であるといえる。
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