2012 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
23580468
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
鷲尾 健司 北海道大学, 地球環境科学研究科(研究院), 助教 (50241302)
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Keywords | 種子 / 細胞核 / クロマチン / ヒストン / タンパク質修飾 / 成長制御 / シロイヌナズナ / 環境応答 |
Research Abstract |
植物の種子は将来の植物体となる成熟した胚を含んでおり、水分含量を低く保ち代謝活動も極端に抑えることで優れた環境耐性を獲得する。3万年前の古代種子が発芽した報告もあり、通常の種子でも条件さえ良ければ数年間は発芽能力を維持できる。そのため植物が生育に適さない環境を回避するのに秀でた生存戦略であり、今現在、地表の大半を覆う高等植物の繁栄をもたらした大きな要因の一つであるといえる。成熟過程で合成するトレハロ-スやショ糖などの二糖類を細胞内に著量蓄積してガラス化することで、種子はあたかも物質のような状態になっている。過去の研究において種子に特徴的な細胞構造を見出しており、とくに遺伝情報が刻まれたDNAが存在する細胞核ではヌクレオソ-ムの凝集や特殊なクロマチン構造などを検出している。これらの特徴は吸水後速やかに消失して脱水などに対する耐性も失われるので、植物種子にはゲノムの機能を安定に維持する特別なしくみがあると想定している。 種子に見いだされる特徴的な核構造を維持するしくみを理解するためにシロイヌナズナを実験材料として種子に特異的なクロマチン成分を調べている。核内には生命の設計図である長大なDNAが納められており、ヒストンなどの核内因子と相互作用して複雑な分子複合体を形成している。ヌクレオソ-ムはクロマチン構造の基本単位であるが、ヒストンへの様々なタンパク質修飾反応がヌクレオソ-ムの凝集状態に影響することでゲノムの機能を高次に調節している。近年の分析技術の進歩によりタンパク質の修飾状態を直接的に検出することが可能になってきたので、シロイヌナズナ種子より調整したクロマチン成分に対してLC-MSを利用した高感度質量分析を施すことで、種子が示す特徴的な核構造と細胞機能との関係を明らかにする研究を進めている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
種子に含まれる特徴的な核構造を維持するしくみを理解するために、クロマチン構造の基本単位であるヌクレオソ-ムを構成する種子ヒストンの成分や性質変化を調べている。DNAはマイナスの電荷を帯びた長大な生体高分子であるが、プラスに帯電したH2A, H2B, H3, H4が2セットずつ組み合わさったコアヒストンをまくことでヌクレオソ-ムを形成する。さらにヒストンが様々なタンパク質修飾反応を受けることで核内因子との相互作用が変化してクロマチンの高次構造に影響を与える。過去の研究では実験対象であるシロイヌナズナを実験室条件下で栽培した場合、タンパク質の分解や回収率の低下によりクロマチン成分の調整に不具合が生じる報告があったので、細胞内でのタンパク質の修飾状態を保ったままで分析する必要がある現代の実験手法に適合するために、過去の文献情報をよく検証して種子クロマチン成分調整法の最適化を試みた。 様々な保護剤の存在下で細胞を破砕した後、粗核画分を分画して、強力なタンパク質変性剤であるグアニジン塩酸で核タンパク質の可溶化を行い、酸不溶性のタンパク質を除去した上澄みにヒストンを回収した。更にBio-Rad社のBio-Rex 70を用いた弱酸性陽イオン交換カラムによりヒストン画分を効率よく回収できた。取得したヒストンはTriton X-100/酢酸/尿素ゲルを1次元に用いた2次元電気泳動により個別の成分に分離した。個々のタンパク質スポットを切り出してゲル内でトリプシン消化をした後、得られたペプチド断片をThermo社のnano-LC/orbitrap-MSを利用した高感度質量分析に供することで、タンパク質の同定と翻訳後の修飾状態を把握するための質量分析デ-タの取得を進めている。研究は概ね順調に進んでおり、プロテオミクス解析系の立ち上げで関わった研究成果を学術会議、学術雑誌などに公表した。
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Strategy for Future Research Activity |
細胞の核内ではクロマチン繊維や核ドメインを複雑に配置して、それらが動的に変化することで遺伝子機能を高次に調節している。最近の研究では、クロマチン構造というものは一般的な教科書に記述されているような生物共通の規則的なものではなく、きわめてランダムで種特異的な側面も指摘されている。種子の性質は植物ごとに異なるので、これまでに研究対象としていたシロイヌナズナCol株の解析結果だけでは、観察された特殊な核構造の変化をどのようにして植物種子の生理機能に反映しているのか判断することは困難だと思われる。同属でありながら異なる性質の種子をもつ他の品種と比較することで、核構造の変化と種子の機能性との関係を深く考察することが可能になる。 Cvi株は種子休眠を論じる際によく利用される品種である。Col株の種子は成熟した直後でも休眠をしないですぐに発芽するのに、Cvi株は数ヶ月にも及ぶ休眠期間をへた後にようやく発芽できるようになる。環境中での休眠期間が長いということは、より長期間にわたり細胞機能を保持する必要があると予測できるので、両品種の種子の細胞構造に明確な違いが発見できたら、自然界で育まれた植物種子の機能性の分化に迫ることが可能になる。そこで今後は実験材料をCvi株にも拡張して両品種の種子内におけるDNAの束ね方や収納の仕方を比較することで、ゲノムの機能を安定に維持する植物種子のしくみを検証する予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度末の経費支出において若干の残額(32,718円)が生じたが、予算残額は少額であり、これらは翌年度に繰り越して早々に支払い手続きを完了することになっている。そのため予算の執行状況は当初の予定通りで概ね良好であるといえる。今回の研究計画に必要な実験機器はこれまでの研究経費で概ね設置を完了したので今後の大型機器の購入は予定していない。次年度ではnano-LC/orbitrap-MSを利用したプロテオミクス解析に必要な実験環境を整備するとともに、研究成果を関係諸分野で共有するために、今回得られているシロイヌナズナ種子タンパク質の質量分析情報をデ-タベ-ス化などをすることにより世間に広く公開することで、植物タンパク質の同定検索や機能予測を容易にできるような社会還元型の予算使用を計画している。研究計画の最終年度にあたり、国内外の関係する学会、学術会議で早期に公表するために学会旅費や渡航費に重点的に予算を割り振ることを考えている。また研究成果の学術雑誌への投稿作業も引き続き進めてゆく予定である。
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