2011 Fiscal Year Research-status Report
多様な嗜癖行動(薬物と薬物によらない依存)の脳内機序と新規治療薬開発に関する研究
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23591682
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Research Institution | Jikei University School of Medicine |
Principal Investigator |
宮田 久嗣 東京慈恵会医科大学, 医学部, 教授 (70239416)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2016-03-31
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Keywords | 嗜癖行動 / 薬物依存 / 薬物によらない依存 / 脳内報酬系 / 摂取欲求 / 条件づけ / 離脱症状 |
Research Abstract |
本研究は、"薬物"と"薬物によらない"依存の機序解明と治療薬の開発を、ヒト(平成23、24年度)と動物(平成25、26、27年度)で行う。しかし、臨床研究で使用する近赤外線スペクトロスコピーの準備が間に合わなかったことから、平成25、26年に予定していた動物実験を先に行うこととした。 当初の計画にしたがい、ニコチンとアルコールを対象として、条件性場所嗜好実験で薬物と区画の条件づけを行い、薬物に条件づけられた区画では、条件づけられていない区画と比較して脳内報酬閾値が低下していることが脳内自己刺激実験で示された。すなわち、薬物に条件づけられた環境刺激は報酬的であった。次に、薬物を連続摂取した条件下で脳内自己刺激実験を行ったところ、当初は報酬系の閾値は低下したものの、徐々に低下の程度が減弱した。すなわち、薬物の報酬効果には耐性が生じた。そして、摂取を中止して離脱症状が生じているときの報酬系閾値を測定したところ、上昇傾向がみられた。このことは、離脱時の不快感を反映するものと考えられる。さらに、このような離脱時に薬物を再摂取させると、薬物による報酬系閾値の低下は、通常の摂取時よりも増強していた。この現象は、薬物の離脱時の再摂取時には、薬物の報酬効果がより強く体験されることを示す。これらの変化は、依存能が強いアルコールのほうがニコチンよりも強かった。 以上より、薬物の摂取欲求は、薬物の効果が条件づけられた環境刺激(記憶)によって惹起され、さらに、離脱症状による不快感によって増強された。このようなプロセスが、薬物依存が薬物の乱用にともない強固となるメカニズムと推察された。このプロセスを阻止する薬物が薬物依存の治療薬となりうるため、本研究で得られた薬物依存の機序解明の意義は極めて大きい。次年度は、"薬物によらない依存"の動物モデルを用いて同様のプロセスが認められるか検証する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
前述したように、平成23年度の臨床研究で使用する近赤外線スペクトロスコピーの準備が間に合わなかったことから、平成23、24年度の臨床研究と、平成25、26年度の動物実験の順序を逆にして実験を開始した。本研究の目的は、薬物依存の病態を明らかにすること、そして、最近問題となっているギャンブルやインターネットなど"薬物によらない"依存も含めて、依存の治療薬開発の可能性を検討することである。その点では、脳内報酬系の機能変化をダイレクトに検討できる動物実験から研究を開始したことは、むしろ有益であった。実際に、平成23年度の研究結果から、薬物依存の中核症状である摂取欲求(精神依存)は、薬物効果の条件づけ機構という学習・記憶によって形成され、さらに、薬物摂取の中断時の離脱によって増強されることが示された。このようなプロセスによって薬物依存の病態が形成され、強固となっていくものと考えられる。本研究で得られた結果が独創的な点は、従来、一種類の病態と機序で考えられてきた薬物の摂取欲求(精神依存)には、薬物効果の条件づけという学習・記憶と、反復摂取中断(離脱)による不快感という二種類の要因が存在し、前者は"依存の形成"に、後者は"依存の強化"に関与しているという"Two-step theory"によって考えることである。このように、薬物依存の発現メカニズムを詳細に検討することによって、薬物依存の本質である"摂取欲求(精神依存)"の治療薬開発への研究へと進むことができる。 以上、本来は臨床研究を行う予定であった初年度の2年間と、動物実験のための次の2年間の順序を逆にしたという計画変更はあったものの、初年度の1年間で薬物依存の中核症状である"摂取欲求"のメカニズムを詳細に、また、従来の研究よりも進んだ観点から明らかにすることができた。このため、自己点検は「当初の計画以上に進展している」と判定した。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度(平成23年度)の研究成果より、薬物依存の摂取欲求には、(1)条件づけ機構(学習・記憶)と、(2)摂取中断時の報酬効果の増強が、それぞれ、摂取欲求の初期の形成因子と、その後の強化因子として機能するという"Two-step theory"を提唱した。平成24年度には、"薬物によらない"依存のモデルをラットで形成し、同様のメカニズムが存在するか検証する。まず、糖分を過剰に摂取させて糖分を求めるようになった糖負荷ラットを作成する。次に、コミュニケーション・ボックスを用いて、別のラットに床からの電気刺激(軽度で生体に悪影響はないレベル)が与えられることで、他のラットの驚愕反応を目撃するという嫌悪刺激が与えられた状況下での脳内自己刺激行動を検討する。前者は"薬物によらない依存のモデル"、後者は"嫌悪刺激の嗜癖行動への影響を検討するモデル"(ヒトで、ストレス下では、一時的な快を与えてくれる対象物を求めるようになる行動モデル)である。これらにおいても"Two-step theory"が成立するか検証する。 平成25、26年度には、ヒトで薬物(アルコールとニコチン)と薬物によらない対象物(ギャンブル:パチンコとインターネット)への依存者を募り、動物実験と同様の条件で、依存する対象物を想起させる環境提示下での欲求度、摂取を中断した場合の離脱症状と欲求度、さらに、可能であれば対象物を体験したときの快の程度(報酬価)を測定する。指標は、臨床評価尺度と近赤外線スペクトロスコピーを用いる。そして、ヒトにおいても動物実験と同様の"Two-step theory"が成立するか検証する(臨床研究では、倫理委員会の承認を得て行う)。 最終年度の平成27年度では、それまでの実験で得られた"Two-step theory"の検証を行い、動物実験で薬物依存の合理的な治療薬の開発を、摂取欲求の観点から検討する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
前述したように、平成23年度の研究では、臨床研究で用いる近赤外線スペクトロスコピーの準備が間に合わなかったことから、平成25、26年に予定していた動物実験を先に行った。このため、使用する実験器具や解析ソフトの購入金額に変更が生じ、103,380円の未使用金(残金)が生じた。 今回の研究では、臨床研究、動物実験ともに"薬物"と"薬物によらない依存"についてそれぞれ2年計画で行う。したがって、平成24年度は、動物実験で"薬物によらない依存"の研究を行う。具体的には、(1)薬物によらない依存と、(2)生理的な生体の変化が依存の形成におよぼす影響を検討する。まず、"薬物によらない依存"のモデルを糖負荷ラットで作成する。そして、平成23年度と同様に、条件づけ機構(学習・記憶)を条件性場所嗜好実験で、報酬系機能を脳内自己刺激実験で測定する。次に、"嫌悪的な環境が依存の形成を促進する"モデルを作成する。このモデルでは、驚愕反応を示している別のラットをコミュニケーション・ボックスで目撃するストレスが加えられたラットの脳内自己刺激行動を測定する。 動物はSD系雄性ラットで、使用数は、砂糖水自己摂取実験、嫌悪刺激提示実験ともに40匹とする。使用数の根拠は、内側前脳束への電極植え込み手術の成功率が約75%であることから算出した。条件性場所嗜好実験と脳内自己刺激実験の装置はすでに当実験室に設置されていることから、動物関係としてラットの購入費と飼料代、消耗品として埋込型双極電極、埋込型ダストキャップ、埋込型電極ケーブル、アンカービス、フリームービングアーム、薬品として麻酔薬(ソムノペンチル)、コミュニケーション・ボックスのプログラム・ソフトなどを購入する。以上の研究経費として、平成23年度の未使用金(残金)103,380円と、平成24年度の研究経費500,000円の合計である603,380円を計上する。
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