2012 Fiscal Year Research-status Report
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23650400
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Research Institution | Chukyo University |
Principal Investigator |
近藤 良享 中京大学, スポーツ科学部, 教授 (00153734)
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Keywords | 遺伝子ドーピング / 応用倫理学 |
Research Abstract |
平成23年度は「遺伝子ドーピング」にまつわる文献収集とその整理に当てられたが、本年の24年度は、そのいくつかの文献を精読した。その過程で、なぜ2003年の時点でWADA(世界ドーピング防止機構)が「遺伝子治療を応用する方法」を禁止規定に盛り込んだかの理由が少しずつ明らかになった。つまり、21世紀に入ってヒトゲノム解析が終わり、そこから生命科学の飛躍的に発展していき、治療を超えた「エンハンスメント論(enhancement)」が台頭し始めた。その遺伝子工学の発展の影響がスポーツ界の遺伝子ドーピングへの危惧を拡大させている。本年度行った海外研究協力者らとの意見交換においては、(1)マイケル・サンデルの主張、「生の被贈与性」への背理、(2)カントの「義務論」、特に自己に対する義務、(3)医の倫理の視点から、(スポーツ)医科学者の研究倫理を提言することの必要性が確認できた。 IOC(国際オリンピック委員会)やWADAは1968年のドーピング禁止規定の発効以来、ドーピング問題の解決には、選手らを含めた関係者への「厳罰主義」で対応しようとしてきたし、現在もそうである。しかしながら、これまでは対処療法的であって、例えば遺伝子ドーピング問題の発生メカニズムそしてそれへのスポーツ界のあるべき方向が十分に議論されていない。生命科学の発展に伴う、治療を超えた「エンハンスメント論」の台頭は、これまでのスポーツ界を劇的に変容させる可能性がある。「遺伝子治療を応用するといった手段」によって、生来の能力自体を変えようとする時代を迎え、これまでの判断基準がそのまま適用できないため、どのような判断を下すべきかのあらたな道筋を明らかにしなければならない。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、課題の関連文献の収集とその読解に当てる年であった。これまでに収集した文献のうち、数点は速読して、最近の遺伝子ドーピング問題をめぐる論点が明らかになりつつある。また、海外の研究協力者らとの研究協議においては、例えば、マイケル・サンデルの「生の被贈与性」とか、カントの義務論とか、生命倫理の視点を、この遺伝子ドーピング問題の考察の視角にしてアプローチすることの有効性が明らかにされた。 最終的には、説得力のある「遺伝子ドーピング」の禁止理由を提示し、また、この禁止の実効性のために取られる検査方法の正当性、妥当性、人権侵害なのど可能性がないかどうかにも視点を向けなければならない。生来の人間の能力を意図的に変える方法は、いわば、パンドラの箱を開けるかのように、人間社会そしてスポーツ界に重大な影響を及ぼすことは明らかである。 問題解明へのいくつかの視点、視角が得られつつあることから、概ね順調に課題が達成されつつある。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでに、(1)マイケル・サンデルの主張、「生の被贈与性」、(2)カントの「義務論」、特に自己に対する義務、(3)医の倫理の視点という3つの視角を得て、そこからスポーツ医科学者の研究倫理を提言することが必要であることが確認できた。 特に、アスリートが怪我、病気をした場合に、「遺伝子治療を応用する方法」ではないにしても、医の倫理である、以前の状態にまで回復させることを超えて、以前よりも「より強く、高く、遠く」する、つまり、競技力向上が可能な時代になっている。それは、健常者と障がい者とを別々にしてきたオリンピック大会に、従来のパラリンピック選手の越境が起こっていることが象徴的出来事である(例:オスカー・ピストリウス選手)。科学、とりわけ生命科学の飛躍的進歩は、スポーツ界への影響が回避できない。そうした視点で、この「遺伝子ドーピング問題」へアプローチしていく。 具体的には、今後は「遺伝子ドーピング問題」構造を応用倫理学的視座から明らかにする。ここでの応用倫理学的視座は、①スポーツ倫理学、②生命倫理学、③現代倫理学の3つの方向から成る。①のスポーツ倫理学からは、スポーツの根幹をなす公平性の議論であり、②の生命倫理学からは、選手(被験者、患者)の安全性の議論であり、③の現代倫理学からは、主としてコミュニタリアニズムの視点、「生の被贈与性」からの議論を展開する予定である。公平性、安全性、生の被贈与性といったキーワードを出発点に、研究成果を集積しつつ、さらに今後の発展の切り口を模索する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成25年度は、6月に開催のヨーロッパ大学スポーツ科学学会に参加して、そこに集まる各国の研究者らと「遺伝子ドーピング問題」に関する意見交換、情報収集を行う。また、8月には、ニューヨーク州立大学のセザール・トーレス氏を招き、この問題について意見交換を行う。彼は、前国際スポーツ哲学会会長として、スポーツ文化、意味、価値について、様々な主張、提言を行っている人物であり、研究協議が実りあるものとなる。さらに、9月には、アメリカのフラートン大学で開催される、第41回国際スポーツ哲学会に参加して資料、情報収集を行う。 平成25年度は、本研究の最終年度にあたるため、「遺伝子ドーピング問題」について、応用倫理学の視座、①スポーツ倫理学、②生命倫理学、③現代倫理学からの方策をまとめることになる。そして、その結果を研究代表者のホームページに掲載して、この問題に関心のある関係者へ情報提供し、この問題に対する議論の高まりのサイトとする。 なお、平成24年度の27,190円は、年度末に発注予定だった消耗品の入荷が遅延したために発生したが、平成25年度早々に使途する。
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Research Products
(1 results)