2012 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
23651265
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Research Institution | Nagoya City University |
Principal Investigator |
安藤 究 名古屋市立大学, 人文社会系研究科, 准教授 (80269133)
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Keywords | ジェンダー / 経済・労働 / 埋め込み / ライフコース / ネットワーク |
Research Abstract |
今年度の成果の一つは、2012年5月にポーランドのグダンスク大学で行われた、本研究のキーワードの一つである"Embeddedness"(埋め込み)に関するワークショップでの発表である。この発表は、本研究の理論的枠組みについての妥当性の検討を目的として行った。ワークショップでは本研究の理論的枠組みの妥当性は確認され、また、本発表に興味を持ったロシアの研究者から、ワークショップの為に提出した原稿の短縮版をロシア語に翻訳したいという申し出を受けた(2012年12月発刊のロシアの経済社会学のニューズレターに掲載)。 トルコの調査は、昨年度は生命保険という「死の商品」に対する態度を中心としたが、今年度はもう少し広く、経済の急速な発展のもとで弱体化するインフォーマルな相互扶助システムにかわって、家族や子どもの生活を守るため、どのような対処戦略が採用されているかに焦点をあてて聞き取りをした。 調査の結果、トルコでは、経済階層・学歴階層および宗教的態度によって、この家族戦略に大きな違いがあり、また社会保障制度・税制度も大きな影響を及ぼしている可能性が浮かび上がった。特に、低経済層が頼りとする社会保障制度が、ジェンダーという点で興味深い構造化をされているのには留意が必要であろう。すなわち、父親に不慮の死が生じた場合、父親が支払っていた年金の掛け金は、娘に限っては、結婚していない限り何歳まででもそれを受け取ることが出来るという制度である。 それに対して、高学歴層の一部では生命保険の購入という対処が見られものの、高学歴女性でも、夫の死に対する対処戦略を考えること自体に大きな文化的抵抗があり、「死の商品化」とジェンダーを考える上で有力な材料が得られた。また、相続税がないために、不動産や貴金属の購入という、死を直接的に貨幣に換算しない対処戦略も珍しくないという、興味深い結果も得られた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成23年度の報告書で、平成24年度の研究推進の方策として、(1)インフォーマントの属性の範囲を広くすること、(2)トルコにおける生命保険会社の販売戦略についての情報を集めること、(3)国内の調査地域を広げること、(4)学会で途中報告をしてフィードバックを得ることを挙げた。 これらの目標に鑑みて、今年度はおおむね順調に研究が進捗したと考える。まず、研究実績の概要で報告したように、(4)についてはポーランドのワークショップで報告をし、その骨子がロシア語に翻訳されるという成果も得た。 父の危篤で調査予定を1回キャンセルせざるを得なかったものの、その後におこなった調査で、一定程度のキャッチアップは出来たと思われる。理由は、これまで調査をおこなったことがなかった都市(イズミール)で調査が実施出来たこと、また、トルコ人を対象として行った聞き取りに加えて、トルコ人男性と結婚してトルコで生活している日本人女性に、トルコの経済成長の下での家族生活の変化について、日本と比較してもらいながら聞き取りを行うことが出来たことによる。特に、外務省を通じて、イスタンブール在住の日本人女性が作り上げているネットワークにアクセスできたことで、短期間での滞在にもかかわらず、様々な地域や階層出身の夫を持つ日本人女性への聞き取り調査が可能となった。これら二つの種類の聞き取り調査で、(1)の目標はある程度は達成できたと考える。また、これらの聞き取りの過程で、トルコの生命保険会社の広告の仕方や、電話でのセールス戦略についての情報も得ることが出来た(目標(2))。 日本国内の調査では、民間の生命保険会社だけでなく、農協の生命保険についての聞き取りを行うことが出来た。予定していた北海道での調査がインフォーマントの都合で実施できなかったが、それを除けば、掲げた方策に鑑みて、おおむね順調に研究は進捗したと言えよう。
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Strategy for Future Research Activity |
平成25年度は、(1)トルコ人女性だけでなく男性を対象とした聞き取り調査、(2)アンカラ郊外での農村調査、(3)簡易保険や農協の生命保険のエージェントと民間の生命保険エージェントの比較調査を予定している。 国際比較に関しては、(1)これまで女性をインフォーマントとして聞き取り調査をおこなってきたが、男性をインフォーマントとした調査もおこなう。急速な経済成長のもとで、インフォーマルな相互扶助ネットワークが相対的には弱体化する中で、夫・父親の地位を持つトルコ人男性が、家族や子どものために、どのようなリスク対処を考えているかを調査し、トルコ人女性の回答および日本の経験と比較することで、社会変動下における「死の商品化」の進行について検討を進めたい。 また、(2)これまで調査対象地が都市部に限られていたので、アンカラ郊外での農村での調査を可能な限り実施したい。トルコの農村での調査は、トルコ人研究者でも行政への申請が必要となる場合がありハードルは高いが、農村出身のゲートキーパーを得ることが出来たため、ラマザンと農業の繁忙期を避ければ、調査を行うことが出来る見通しが得られている。なお、時間的・予算的に可能であれば、トルコがイスラム政権となって以来台頭してきた新興の宗教的富裕層の調査を行った、ハンガリー在住のトルコ人研究者にコンタクトをとり、そうした新興の宗教的富裕層の調査の基礎作りも行いたい。これは、「死の商品化」に対する、経済発展と宗教という文化的変数の重層的影響の検討の手がかりとするためである。 (3)の国内の調査では、民間の生命保険のエージェントが女性化したのに対し、郵便局の簡易保険や農協の生命保険のエージェントがこれまで男性が多かった理由について調査をすることで、「死の商品化」とジェンダーについての考察を深めたい。また、平成24年度に実施できなかった北海道での調査も実施する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成25年度の研究費の使用は、国際比較の為のトルコの調査と国内の調査が中心となる。 トルコでの調査は、先に述べたように、(1)トルコ人女性だけでなく男性を対象とした聞き取り調査、(2)アンカラ郊外での農村調査が中心となる。(1)のトルコ人男性を対象とした調査では、「交通費(航空運賃) 160,000円 宿泊費 8,000円 ×10日 通訳謝礼 10,000円×7日 計 310,000円」の費用を考えている。(2)の農村での調査は、ゲートキーパーの予定と、ラマザン(断食月)及びシェケル・バイラム(断食月明けの祝日)を避ける必要、さらに農村の繁忙期以外に行う必要から、8月中旬におこなわなければならない可能性が高く、航空賃値が高くなることが推測される。ただし、宿泊代は安価になることも予想されるので、「交通費(航空運賃) 240,000円 宿泊費 5,000円×10日 通訳謝礼 10,000円×7日 計 290,000円」の費用を予定している。 国内の調査では、先の「今後の研究の推進方策」で述べたように、民間の生命保険のエージェントの女性化と比較するために、男性のエージェントが多い簡易保険・農協の保険の調査を、前任地の鹿児島と現任地の名古屋を中心に行う。鹿児島での調査は2回予定しており、1回を「交通費(航空運賃)58,000円、宿泊費 10,000円×3泊」と計算した場合、合計が176,000円となる。また、同じく推進方策で記した北海道での調査は、交通費(航空運賃)68,000円、宿泊費 10,000円×4泊」という計算で、合計108,000円となる。 また、補充図書に80,000円を、「その他」(文具・トナー等の消耗品代など)に36,000円を予定し、以上の合計は、当初予算の700,000円に父の危篤で繰り越した300,000円を加えた本年度分の1000,000円となる。
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